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「佐河ってそんな顔するんだ」
「え?」
不意に近付いてきた拓也君の手が、私の腕を掴んだ。強張っていた身体が前のめり倒れかけ、彼の胸に受け止めてくれる。
私の耳の位置が丁度、拓也君の心臓の高さにぶつかったのか、ドクンドクンと脈が速くなる音が訊こえた。突然のことに、彼のブレザーを掴むことしか出来なくて、力いっぱい握り締める。掌の中でしわになるのがわかる。
「いきなり引っ張るから、ビックリしたじゃん……」
「悪い……」
腕を引かれたこともだけど、彼がこんな大胆な行動を取るなんて思っていなかった。どうしたらいいのか、わからずに固まる。
きっと、彼だけじゃない。私の心臓の音も大きくなって、身体を通じて訊こえているんじゃないか、心配になる。
「あの、さ……そろそろ、離して?」
拓也君に抱き締められた状態のまま、沈黙と時間だけが流れた。今度は私から口を開き、彼から離れることを決意する。このままじゃダメだ。ずっと帰れない。そんな気がする。
ゆっくり手を開いて、彼のブレザーを解放した。片手でずっと持っていた卒業証書が入った黒い筒を、両手でしっかりと持つ。一歩だけ、後ろに下がる。
私の頭一つ分大きい拓也君を見上げ、唇を強く引き結ぶ。彼の優しい瞳、少し長い前髪。熱いのか、それとも恥ずかしいのか、頬が少し赤い。唇は――柔らかかった。
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