第一章 サラマーとパニとの対話〈二〇五〇〉

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 これは、彼女を引き留める、最後のチャンスなんかではなかったのだ。  これは、最初から、彼女の、彼女との、彼女という存在との、最後の、最後の挨拶。  そこに、もう、彼女がいないことは、いないことを、突きつけられた私は。  私は、じゃあ、この後、これから、どう、すればいいの。  だって、だって犬でも、人でもない、その曖昧な獣が、世界で一番醜い、目の前のあいつが、居座る場所が、この世界にあるとは思えないじゃないか。  あの中身に居座る、変質したあれは、あれを、何が、何が目的なのかも、これが、どうして誰も、この異変に、この攻撃に、気がつかないのか、わからなくて、吐き気は今も止まらない。  そもそもあのソフトは、いや、そもそもゲームという行為は、皆、自分を殺す、自分を殺すことで始まる、死と似ているのに、誰も、なんで、恐くないのだろう。  あの暴れ回った犬の、お祖母ちゃんの、お父さんの、最後の眼は、寝息は、あれは、あの胸の上下が、見ている風景が、一体、どこが、私の、私たちの夢と、違うというのだろう。  寝ている先に落ち込む暗闇の、階段の下、一段下に広がる闇に、そこに、死がいるのではないかと思って、今でも、私は恐くて、聞こえない悲鳴は、遠吠えよりも深夜の自室に響いているのに。  不自然だよ。  不自然ではないか。  だって、だって自らの夢さえも、死さえもコントロール出来ないのに、別の、あの得体のしれない、曇り空の向こう側に広がるようなあいつに、飛び込むことが、共有し合うことが、繋がり合うことが、恐ろしくないのか。  怖く・・ないのか。  私は。  私はさ。  私は、遠く、あのきっと遠雷のように、幕電のように煌々と空気を伝わりながら広がる遠吠えよりも、あなたに、伝わると思ったのに。  それが彼女と、共有出来なかった。  いや、それはもう、私たちが、人間が、そのことを、その事実を、忘れてしまったことを示しているのかもしれない。  ああ。  うん。  これは、うん、そういう、ことなのだろう。  そう、つまり、こういうことだ。  私たちは、敗北したのだ。
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