第二章 バスカヴィルの犬〈二〇五五〉

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「そ、そうですよ、お米好きか、みたいな。」  そんな感じじゃないですか、と含み笑いというリボンをかけて先輩にパスをする。  そおれッ。 「それは違う。」  山なりの緩い球は、急速急打のスパイクによって頬をかすめてコートに叩き込まれた。 「うちの嫁、米嫌いなんだよ。」 「・・あッ、そうですね。それは、そうですよねッ。」  意味不明な返事をしてしまったことに脳は急速反応して、あがぉッという意味不明な叫びを頭一杯に響き渡らせた。 「で。」 「あッ、はぁ。」 「ラーメンは好きか嫌いかだったら。」 「はぁ。」 「どっち寄りだ。」 「好きですッもう大好きッ。」 「ならよかった。」  その後の沈黙が、その沈黙に包まれた身体が、ドッと、疲れを覚えていた。  まるで熱湯に漬け込まれたような、まるでトラバサミに捕まった鹿のような、いや、まあ、それはまだ経験したことがないけれども、きっと、同じ、そんな気分だろうなと。  あぁ、ダメだ、頭が混乱している。  一瞬、目を擦った。  その瞬間。 「おいッ一二四一二五モニターッ。」 「えッ。」 「ヤツだ。」  急いで番号を打ち込むと、部屋中のモニターが一面緑色になった。  ヤバッ。「バカ野郎ッ近すぎだッ。」 「はッ、はいッ。」 「クッソッ、見失うぞッ。」  先輩がマシンガンの様に発する座標数字を、間髪入れずに打ち込んでいく。  モニターをモニターに駆け回る、あいつの姿は正に。 「そこだッ。」  一瞬にして全画面いっぱいに映し出された、あいつは。 「出たぞ。」  先輩が笑う。  顔は見えないが、きっと、笑っている。 「幽霊犬だ。」  陽炎のように揺らぐ、その姿は。 「ああ、あとな。」 「えッ。」  とっても。 「誕生日おめでとう。」  見上げた時計は一二時をさしている。  ヌルッと二八年前に生まれた自分を殺したそうな眼のあいつの口から、だらりと赤い舌が垂れた。
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