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第三章 ケパロスとプロクリス〈二〇八〇〉
-零
窓に映る。
自分だ。
まっこと、自分、だ。
それ以外の、以上でもない。
ただの、自分の、その顔が、暗闇に、そこに、ガラスに、映っている。
それにしても、それにしてもだなぁ。
この、いつ見ても、この、なんとも、代わり映えのしない、なんとも、なんともなぁ、なんという、この、間抜けな面構えだろうか。
ほんと、嫌になる。
それでも、我慢して、しばらく見つめていれば、それも見飽きてきて、いやいや、既に最初から見飽きてはいるのだけれども、その向こう側の、その先を見通せば、車が並走しているのが理解出来てきた。
車たちが、並走しているのがわかる。
赤、色。
青、色。
黄、色。
もちろん、黒、色と、白、色。
まぁ、ほんと、誰も乗っていないのに、誰にも見られていないのに、ほんと、よくやるよなぁっと、それこそ、道端で怠けないのだろうか、怠けたくならないのだろうか、と、と、そう、思うのは、この阿保面だけかもしれない。
だがしかし、だ。
しかしだよ、そんな私でも、こんな私でも、だ。
我が師匠は叱らず、怒らず、全くのところ、叱責することなく、時には笑って、そのペースそのペースと、言ってくれるのは確かに嬉しい。
嬉しい、のだけれども、だ。
ただ、ただね、ただし、クラスメイトに会っても、あれあんまり変わってないね、と言われるのは、正直、正直なところ、心配には、なる。
これは、なってしまうだろう。
修行を始めて、もう三年も経つのに。
ああ、もう、三年も経ったのか。
改めて、あっという間だなと感じて、そして、背筋がゾクリとも。
だからこそ修行は、を、正直、正直なところ、本心的には、心の底から、直観的に、いつまでも、続けていたいとは、思っている自分がいる。
確かに、つらい。
つらい、けれども、けれどもだ、他の弟子たちの様に、辞める気は、そうそう無かった。
芽生えることも、なかった。
だって、だってだよ、己が、自己が、どんな風に変わっているのか、どの様に変わっていくのか、まだ、私は、全くのところ、本心のところ、全くのところ、だよ、実感、出来ていないのだから、さ。
纏う雰囲気が、どう、変わっていくのか、知りたいし、実感したい、し、そう、変わっていくと、変わっていると、信じ、たいから、確信が持てるまで、師匠の側に、いたいのだろうと思えば、置いてほしいと願えば、言えば、言葉にして、放てば、伝えれば、きっと、きっと、さ、師匠は、師匠なら、甘っちょろいこと言うなよ、と、突っぱねて欲しくとも、さ、きっと、師匠は、きっと、きっと、きっと、きっと、さ、言っては、うん、くれ、ないのだろうなぁ。
「もっと。」
「アッ。」
突如左隣に座る師匠に左肩を揉まれて、変な声が車内に響いてしまって、顔が夕焼けのようになっていないか心配になりながらも、どうしましたッ、と急いで声をかけた。
「リラックスだよ。」
「え。」
「リラックス。」
「あ、はい、でも、あの、結構、リラックスモードには、入ってると思うんですが。」
「まだまだ。」
「・・ですか。」
「そう、まだまだ、だよ。」
長い髪を、まるでマフラーのように首に絡めながら。
「まるで、こうだ。」
座席にだらりと、深く、腰かけて、深過ぎて、お尻を置く場所に、背中が付きそうになりながら、師匠は。
「とろけるように。」
「・・とろける。」
「んだよ、とろけて、輪郭が、とろけきってしまうように。」
人間であることを忘れるように、と言いながら、お茶を飲めば、ぽちゃんッという音が耳に涼しくて。
「あなたが、あなたで無くなるまで。」
深く、深呼吸をする。
もう一度。
もう一度。
もう一度。
眼を、ゆっくりと閉じる。
鼓動を、自分の鼓動と、もう一つの鼓動を、コントローラーの向こう側を想像して。
幕雷の、先に広がる雲の下、その向こう側を想像して、感じて。
眼を、そのまま、瞼を閉じたまま、ゆっくりと開けてから、窓の外を、もう一度見る。
阿呆面の、車の、たちの、そのまた向こうを、見つめよう。
凝視しよう。
さすればそこに。
そこに、今もまだ、活発な、快活な、その足音をきっと撒き散らしながら、搔き鳴らしながら、イヌは走っているのだから。
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