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夜、仕事を終えた私は、秘かに鞄にしまっていた煙草の箱が鞄の中にきちんとあるのを確認して少し安心した。
彼の職場は知っている。
その近くの最寄駅まで行けば必ず見つけることができる筈だ。
私は会社の守衛の人に挨拶をし、さっさと職場を後にした。
金曜日の今日は1週間の疲れを紛らわすためか、何人かで居酒屋に向かっている姿がある。
私はその団体に見向きもせず、そのまま脇をすり抜けひたすら歩いた。
3月の夜の風はまだまだ冷たく、薄手のコートの隙間を水が染み込むようにスカートスタイルのスーツから出るストッキングをまとった足に吹きつける。
彼の職場の近くまで来たとき。
見慣れた横顔を遠くに見つけた。
いつも見る緩いシャツ姿ではなく、しゃんとした仕立てのいいスーツを着た彼の姿。
見慣れぬ姿に少々圧倒されつつ、声を掛けようとした時だった。
「待ってよー」
可愛らしい声と共に、その声にあった姿の女が彼の腕に巻きつく。
思わず立ち止まってしまう。
彼が女と随分と慣れた態度で2人で歩き去っていく。
向かうのは飲み屋街でもましてやホテル街でもない。
駅の方にまっすぐ直行していく。
今日のご飯の話なんてしながら。
声も出せずに呆然と立つ私は何と間抜けな事だろうか。
私は手に持っていた煙草の箱を握りしめる。
どのくらいの間、そこに立っていただろう。
私はふと、目の前に煌々と灯りがともっているコンビニにまっすぐ入り、レジ横すぐのライターを購入した。
そのまま外に出て煙草に火をつけた。
初めて吸い込んだ煙が喉を燻し、そのまま吐き出すと薄紫色の煙となる。
燻された喉から空咳が出る。
が、そのまま紫煙を吸っては吐きを繰り返した。
どんどんと短くなっていく煙草に長くなる灰の塊。
その中間にある真っ赤な、けれど小さい火は消えることなく、煙草を短くしていく。
吸うと思いだしたようにより赤さを増す火を灰皿にこすり付けて消す。
私は知っていた。
私は彼を本当は朝が来るたびに引き止めたかったことを。
私は知っていた。
いつも彼が好んでまとわせているこの紫煙や煙の臭いに私が嫉妬していたことを。
私は知っていた。
私は彼にとって吸えば吸うほど簡単になくなっていくこの煙草と同じ消耗品だったことを。
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