温度は嘘つき

4/15
前へ
/15ページ
次へ
 だが頭では確かに理解しているのに、マリアの足は動かない。まるでその場に縛り付けられたかのように、立ちすくむ事しか出来ない。早く、早くこの場を離れないと―― 「あれ、マリア? 何してんだよ」  背後から掛けられた声に、大げさなほど肩が跳ねる。  気付かれた、と思った時にはもう遅かった。 「奇遇じゃね? こんなところで会うとかさー」 「あ、そのっ……」 「っつーかなんで道の真ん中に突っ立ってんだよ? 具合でも悪いのか?」 「いや、べ、べつに」 男はまるで旧知の友人にでもあったかのようにマリアへ近付き、わざとらしく肩に手を置いてくる。生温い人肌の温度に、マリアの背筋にぞわぞわと寒気が走る。だが男は、その事実にまるで気付かない。 「あ、そういやさ。こっから何か予定ある? ないなら――」  男はマリアの掴んだ肩を自身の方に引き寄せ、そっと耳元に顔を近づけ何かを囁く。  何か言葉のようなものを男が話した感覚はある。しかし何を言ったのか、どういう意味を込めて言ったのかということは、まるでマリアの耳には入ってこなかった。  だが何も感じなかったわけではない。 頭に入って来ない言葉の代わりに感じたのは、気持ち悪い吐息のぬくもり、最低な温度、そして薄汚い淀んだ熱気。 ――もう、限界だった。 「近づかないで!!」     
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加