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だが頭では確かに理解しているのに、マリアの足は動かない。まるでその場に縛り付けられたかのように、立ちすくむ事しか出来ない。早く、早くこの場を離れないと――
「あれ、マリア? 何してんだよ」
背後から掛けられた声に、大げさなほど肩が跳ねる。
気付かれた、と思った時にはもう遅かった。
「奇遇じゃね? こんなところで会うとかさー」
「あ、そのっ……」
「っつーかなんで道の真ん中に突っ立ってんだよ? 具合でも悪いのか?」
「いや、べ、べつに」
男はまるで旧知の友人にでもあったかのようにマリアへ近付き、わざとらしく肩に手を置いてくる。生温い人肌の温度に、マリアの背筋にぞわぞわと寒気が走る。だが男は、その事実にまるで気付かない。
「あ、そういやさ。こっから何か予定ある? ないなら――」
男はマリアの掴んだ肩を自身の方に引き寄せ、そっと耳元に顔を近づけ何かを囁く。
何か言葉のようなものを男が話した感覚はある。しかし何を言ったのか、どういう意味を込めて言ったのかということは、まるでマリアの耳には入ってこなかった。
だが何も感じなかったわけではない。
頭に入って来ない言葉の代わりに感じたのは、気持ち悪い吐息のぬくもり、最低な温度、そして薄汚い淀んだ熱気。
――もう、限界だった。
「近づかないで!!」
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