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道場は静かに対決の時を待つ
地元の警察には、山下という楠の三つ上に当たる大学の先輩が居る。
その山下が今回の事件を担当することになり、楠は山下の計らいによって本来は立入禁止になっている柔道場の中にいた。
時刻はすでに夜半を過ぎ、そろそろ日付変更線を越えんとする頃合いである。照明の消えた道場は、あの昼間の大騒ぎが嘘のように静寂を取り戻していた。
「おい……楠よ。そのヨタ話が何処までホントなのか知らんがよ……本当にその『桜生』とやらはやって来るのか?」
肌寒い夜空には、和弓のように細く撓った月が浮かんでいる。薄い月明かりが差し込む道場は、冷たさを覚えるほどに広く感じられた。
「……来ますよ、まず間違いなくね……そのために、これだけ『煽って』来たんでしょうから……」
楠は周囲の警戒を怠っていない。
「つーかよ……此処の部員、三四人からの『総掛かり』だったてんだろ?……それを一人でなんて……とても信じられんよ。全員、素人じゃねーンだからさ……」
なおも、山下は信じられないようだ。
後輩達も、決して『趣味の同好会レベル』でない事は重々に承知している。
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