片桐清三は弟子の出立を静かに見守る

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 だが、それでもなお見る者に『隙あらば牙を突き立てられかねん』と恐れを抱かせるだけの殺気がある。  『虎』は座して動かずとも『虎』か……。  片桐は男を一瞥すると、フフ……と口の端で笑う。 「怪我は……もう、いいのか?先生は何と?」  片桐が問いかける。 「……問題ありません。藤井先生も『お前は普通ではないから』と言っておられました」  男は片桐の養子で、名を『桜生(おうき)』と号する。  元々、桜生は片桐にとって甥に当たるのだが、幼少のみぎりに片桐がこれを見るなり『蛇は寸にしてその気を表すと言うが、まさにその才気が溢れて出ておる』と看破して養子に迎えたのだ。  五縄流の柔術は剣道や柔道と言った『武道』とは一線を画している。  すわなち五縄流柔術とは、一筋の曇りもなく『殺人術』なのである。  そこには、人格の形成や人間性の成長を目指すといった邪念は無い。ただひたすらに『相手を殺す』事に特化した生粋の『武術』であった。  「ふむ……そうか。まぁ、最後はお前が決める事だ。お前がこのタイミングで『よし』とするのなら、それでよかろう」  茶筅の先で碗の底を摺る音が、茶室にたなびく。  五縄流の柔術は宗家以外に『組討術』『当身術』『合気術』『剣術』『暗術』の五つの分派によって構成されている。     
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