片桐清三は弟子の出立を静かに見守る

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 習わしにより、宗家と各流派は時期が来ると高弟を各一名づつ選出する事になっている。その上で自分以外の残り五名に『全勝』した時に、その人物が『次の宗家』として分派から独立して一門を束ねるのだ。  現宗家の片桐が『宗家』を襲名したのが三五歳の時であった事を考えれば、桜生の(よわい)一七歳というのは些かにして若すぎると思わなくもないが、前回の宗家交代から三〇年という間隔を考えると、あまり安閑ともしてられない状況でもある。 「なぁ……桜生よ」  片桐が漆黒の抹茶茶碗を桜生の前に置く。  ゴツゴツとしたブ厚い掌と太い指で、桜生がその茶碗をそっと手に取る。 「……はい」 「お前に問おうか。この現代にあって、我が五縄流が生きていく意味とはなんぞや?と」 「意味、ですか?」  桜生が怪訝な顔をする。 「うむ、意味だ。何しろ、考えても見るがいい。結局のところ柔術は白兵戦術だ。無人戦闘機が誘導ミサイルを撃つような現代にあって、このような『生身の戦術』を修める事にいかなる価値があろうものなのか……とな」  ズズ……  微かな音を立てて、桜生が茶を(すす)る。 「……さて、私にはその問は少々難題にございます」  桜生が静かに茶碗を膝に置いた。 「『分からん』とな?」  片桐が問い直す。   
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