楠は宗家・片桐を尋ねる

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「この黒椀はな、かの樂家三代・道入の手によるものだと聞いている。名碗だぞ? もっとも『本物』ならば、という注釈はつくがな」  ははは……と、楽しげに片桐が笑う。 「自分は……ここ最近、柔道を『楽しめてなかった』と思います」  唐突に、楠が口を開いた。 「ほう……?」 「何と言うか……『この道も、到達点が見えた』という気がしておりまして」  楠は、そっと左手で茶碗を抱えた。  或いは、それは天才の名を欲しいままにした者ゆえの苦悩とでも言うべきか。 「ですが、桜生君と相まみえて、それが『全くの思い上がり』であったと思い知らされました」 「桜生の『あれ』は柔道とは違うがな……片手では勝手も悪かろうが、一口飲んで行くとよい」  片桐はそう言って茶を勧める。 「いえ……自分は、知らない内に『自分の枠』に嵌っておりました。しかしながら例え柔道であっても、世界ではポイントを獲るために『何でもあり』の攻防があります。それは、我々の目指す『武道』とはまた違うものではありますが、それでもボク達は『それ』でも相手に勝つ道を目指さなくてはなりません。そういう意味では勝負の『厳しさ』というか……『生き残る事の純粋さ』を学びました」  楠はそっと茶碗を持ち上げ、中身を飲み干した。 「はは……そうか、そうか。栗田先生が聞いたら、さぞ喜ばれることだろうて」  片桐が目を細める。  それはそうとして。楠にはどうしても確かめたい事があった。  『アレ』は一体どういう事なのか。
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