当身の技を修めし巨漢は

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 何しろ単純な握力だけでも一〇〇キロ表示の握力計を振り切ったという伝説があるほどだ。柏木の持つその一撃には、底知れぬ破壊力があると言って良かった。  楠源一郎は以前、この道場へ出稽古に出向き、柏木の胸を借りた事がある。だがしかし、あまりの体格差が故に『参考にもならぬ』と感嘆を吐くのみであった。 「だが、油断はするなよ……? ワシは桜生なる若造はよぅ知らんが、師の片桐清三なら腐るほど知っておる。『アレ』は、こと手合わせとなれば油断も隙もならぬ『(むじな)』よ。もしも許されるなら、闇討ちにしてもワシの腹は収まらんほどだわ……」  ギロリ、と渓の眼が怒りに打ち震える。 「お任せください。その『恨』、必ずや晴らしてご覧にいれましょう」  柏木の丸太の如き野太い腕に、ギリリ……と力が漲った。  夜更けになって。  柏木は道場を後にした。  ザッ……ザッ……と雪駄が地面を摺る音が路地にこだまする。  道の防犯灯が照らす周りに、人影のひとつとて無い。  ここから数百メートルほど行った先に、夜遅くまで営業している個人営業の銭湯があった。  混んでいる時間帯に行くとその体格と風貌から『その筋の輩』から因縁を付けられる事も度々なので、柏木は空いている時間を狙って行くようにしているのだが……。 「ふむ……」  背後に、先程からチラチラと『気配』を感じる。  現れては消え、消えては現れ……。
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