片桐清三は弟子の出立を静かに見守る

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「いかにも。『現代』において意味をなさぬモノが、『未来』においても意味をなさぬと言い切れるものでありましょうか? 私には遠い未来を予見する能力はありませぬ故、その現代における価値についても知りようが無いかと存じます」  ふっ……と片桐が肩をすぼめる。 「なるほど、そうか。それがお前の答えだと申すなら、それでいい。何しろ『迷い』は最大の敵だからな……。それで、まずは『何処から』と決めておるのか?」 「……はい。まず手始めは、(いにしえ)からの習慣(ならい)に従い『組討術』の楠源一郎から挑みたいと考えております」  桜生は、空いた茶碗をすっ……と片桐の方に押し戻した。 「うむ……暫く顔を見てはいないが、楠君は今や柔道でも全日本の強化指定選手だと聞き及ぶが……」  片桐が茶碗を受け取り手元に引き寄せる。 「中々の強者(つわもの)だぞ……? 何か手は……」  言い掛けてふと前を見ると、そこに桜生の姿はすでに無かった。 「はは……この私を出し抜くとはね……全く、恐れ入るな」  苦笑いをすると、片桐は背後の壁に向かって「聞いていたかな?」と問いかける。  姿が見える訳ではないが、壁の向こう側に『人の気配』がある。 「楠君の師匠、栗田先生に……『お宅からだ』と伝えてくれたまえ」  ジャリ……と砂を踏む音がする。 「……何なら、君も中に入って一服していくかね? 別に急ぐ事もあるまい」  振り返って尋ねるが。  『気配』は、すでに消え去っていた。
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