誘い込んだか誘い込まれたか

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 ロープは、桜生が引っ張っていたのではなかった。  恐らくは一〇〇キロ近い何らかの『重り』にロープの端を括っていたのだ。柏木がそのロープを相手にしている隙に、場所を変えて杭を投げた……と。 「野郎……やる気なしかと思っていたが……()る気どころか()る気充分じゃないか……」  これが並の格闘家ならば、恐怖に震える場面かも知れない。何しろ一切の『手加減』とて無いのだから。  だが、柏木の五体は『その真逆』。……悦びに打ち震えていた。  何しろこの体格と剛力である。まともにぶつかってくる相手なぞ、途絶えて久しい。  例え姿を見せずに挑んでくるにせよ、こうしてギリギリの真剣勝負が出来るというのは格闘家冥利に尽きるというものであろう。  しかしながら、だ。  打撃メインの自分にとって『この状況』は決して好ましいとは言えない。こうした攻撃を続けられれば、何れは厳しくなってくるのは目に見えている。柏木としては、どうにかして相手を『こちら』の土俵に乗せる必要があった。  そのためには……。 「ふん……っ!」  柏木は、眼前にうず高く積まれている板を蹴り上げた。  ガラガラガラ……ッ!  大きな音を立てて、板の山が崩れる。 「よしっ!……これで少しは見晴らしが良くなったかな……?」  続いて、柏木は背後や側面に積まれてる板の山を次々と蹴っていった。  ガラガラ……ガラガラ……!  あっという間に、柏木の近くに『陰』になるものが無くなった。 「ふふ……どうだ。中々いい眺めだろう。これなら、コソコソと隠れる訳にも行くまい……」  その時だった。  ブン……!  背後からまた、何かが飛んできた。  ビィィ……ン……! 「ぬっ……これは……?」  先程よりはやや細いロープだった。それが、柏木の右手首に絡みついている。  ググ……。  背後から絞るロープの行き先を、柏木がゆっくりと振り返って確かめる。  やっと、『その男』の姿を視界に収める事が出来た。 「ほう……なるほど、貴様が『片桐桜生』とやらか……」
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