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客が増えてくると、紅茶を淹れるサービスはできなくなる。
注文に応じてコーヒーその他のドリンクを作ったり、セルフサービスでパンをとるためのトレーやトングを元へ戻したり、洗い物をしたりと、大忙しだ。時間があっというまに過ぎていく。
ようやく大きな波が去り、洗い物を終えて一息ついたとき、もう一人の店員、有田弘美が話しかけてきた。主としてカウンター業務を担当している彼女は、〈狗〉ではない。二人の小さい子どもを持つ、可愛らしく溌剌とした女性だ。大学のすぐ近くに住んでいるらしい。
「氷碕さんは仕事を覚えるのが早くてほんとに助かるわ」
「そう言ってもらえるとうれしいです」
「先週の金曜日からだから、まだ3日目なのよね。それなのに、もう1年ぐらいいるみたい」
「はは」
「さっき来た女の子、親戚か何か?」
「……ではないですけど、そんなものかもしれません」
「そう。いいわね、そういうのって」
有田が言う「そういうの」が何を意味するのかよくわからなかったが、マキのことを褒められたようでうれしかった。
「さてと、じゃ私、休憩に入るから、向こうから呼んでくるね」
カフェは学生食堂と同じ会社(つまりシヅエの会社)が経営しており、リョウが慣れるまでの間、有田が休憩に入るときは学生食堂から誰かが来てくれることになっていた。
有田はカウンターから出ようとして、そこで立ち止まった。
「あ、マネージャー」
有田の声を聞いて、リョウもそちらを見た。
マネージャー──スーツ姿の〈狗〉のさよみが、にっこりと微笑んだ。
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