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「はい、そうです」
さよみはさもうれしそうに、笑顔を作った。
リョウは、わけもなく、いやーな気持ちが湧いてくるのを感じた。
篠目あずまは、頭領のシヅエの直の〈手下〉で、さよみにとっては〈導き手〉にあたる、天使のような美貌を持った少年である。
初めて彼と会った瞬間、リョウはすべてが「合わない」と直感した。夜の屋根の上で、シヅエの横に立ったあずまに、「これが氷碕リョウ?」と冷ややかな目で見下ろされたことが忘れられない。
苦手意識を強めるあまり、名前さえも意識の隅に追いやっていたようだ。
リョウは考え考え、言った。
「ええと、つまり、さよみさんはあずまくんの〈手下〉というだけでなく、お手伝いさんみたいなこともしていたと……。でも、篠目『家』って? 〈群れ〉のことをそう呼んでいたんですか?」
さよみは懐かしそうに目を細めた。
「篠目家は戦前の成金でした。私は田舎から出てきて、その家に女中奉公に上がったんです。体の弱かったお坊っちゃまが〈狗〉になったのは、そのあとのこと。私もそれからいくらも経たないうちに……いらっしゃいませ!」
思いがけなく始まったさよみの昔語りは、どやどやと店に入ってきた5、6人の学生グループによって中断されてしまった。
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