第一章

2/25
前へ
/45ページ
次へ
 リョウが汐留にあるシヅエの会社に行くと、ビル一階のレストランの前に、見たことのない男が立っていた。以前さよみが待っていた場所だ。  ノーネクタイでワイシャツの袖をまくったその男は、リョウを見つけると、へらっと相好を崩した。  「おつかれっすー」などとやけに軽い態度でリョウを先導する。 エレベーターに乗って、オフィスのあるフロアへ。 前回来た時は、複数の「影」の野次馬が視界の端をチラチラしていたが、今回はそれがない。おびただしい観葉植物を置いたオフィスは、誰もいないかのようにしんとしていた。  個室に通された。大きなテーブルに椅子が8つセットされた、小さな会議室。  案内人は、お待ちくださあい、と言い残して扉を閉めた。  家具の他に何もない殺風景な室内で、リョウは手持ち無沙汰になった。  そこで、昨夜から今朝にかけて練習していた、あることを始めた。  昨夜リョウは、倭加宮マキの住む学生マンションの部屋に行って、片付けを手伝った。マキが保護した目醒めたての〈(きつね)〉が磁気を暴走させ、部屋の中は嵐にあったようにめちゃくちゃになっていたのだ。  とつぜんの訪問だったのでマキは驚いていたが、リョウの申し出を快く受け入れた。しかし時刻も遅かったので、大きな家具だけを元の位置に戻し、とりあえず寝られる状態になったところで、リョウは帰った。  ……ふりをして、実際は一晩中、マンションの屋上にいた。  もしもまた、悪い〈(きつね)〉が襲ってきたら、やっつけてやる。  そう思って待ち構えていたが、何もやってくる気配はなかった。だから、退屈しのぎに練習していたのだ。  〈飯綱〉づくりを。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

104人が本棚に入れています
本棚に追加