第二章

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 その日の製造分を全て売り尽くし、「完売御礼」の張り紙を出して「蟲姫」が閉店したのは、午後三時のことだった。店の前の道路の掃除を終えたリョウが中に戻ると、たちまちピンクのフリルの売り子たちに囲まれた。 「ホント助かったよお。すごく手際がよかったねえ」 「明日は何時から入れる?」 「きみ、うちの看板王子やらない?」 「いいね看板王子! 中華街の情報誌に取材に来てもらおうよ」  二時間ほど前、リョウのとつぜんの手伝いの申し出を聞いた女性は、店長にお伺いをたてに行き、「行列の整理をお願いしたい」という伝言をリョウに伝えた。そこで彼はそのまま店の前に回り、言われた通りに列の整理と先頭の客への案内をずっとやっていたのである。  売り子たちからの勧誘の「圧」に必死になって抵抗していると、そこへ店長の小梅がやって来た。全く似合わない黒いフリルのワンピースは、前回会った時と変わらない。リョウがこの店に来た時から、その背の低いずんぐりむっくりした姿は、たくさんの従業員の間からちらちら見えていたが、ちゃんと顔をあわせるのは今日はこれが初めてだ。リョウは自分の顔がこわばるのを感じた。小梅はそんなリョウの反応には一向に構わない様子で、ニコニコと手に持った何かを差し出した。店の紙ナプキンに包んだお札らしい。 「ありがとうな。これ、少ないけど」
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