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「あ、あの。ぼくのこと、おぼえてる?」
リョウは反射的におひねりを受け取りそうになった手を、ぎゅっと握りしめて体の脇に下ろした。小梅は黒縁眼鏡の奥の小さな目を見開いた。
「はあ? おぼえてるも何も、氷碕リョウだろ。なに言ってんだ」
そうだった。去年リョウを手下にしようとした橘が率いていた群れに属していた〈狗〉は全員、リョウの名前を知っているのだ。
「ぼく、どうしてもきみ……あなたに言っておきたいことがあるんです。先週、マキさんの部屋をめちゃめちゃにして、連れ去ってホテルに閉じ込めたでしょう? ああいうやり方って、なんていうか……乱暴だと思うんだ。あのときぼく、ものすごく心配して……マキさんはぼくにとって、本当に大切な人だから……」
小梅はキョトンとして聞いていたが、急に愉快そうに笑い出した。
「あっはっは。そりゃ悪かったよう。だけど、あのホテルの暮らし、悪くなかったろ? 食べ物だって各地のお取り寄せを厳選したんだ」
「うん。たしかにハンバーグは美味しかった。……でも、それとこれとは」
食べ物で丸め込まれそうになったことに気づいたリョウが反論しかけると、小梅は黒いレースの手袋をはめた手を上げて遮った。
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