第一章

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「280円になります」  金額を告げられて、マキはバッグから財布を取り出した。ちょうど小銭が溜まっていて、ぴったり出せそうだ。中を覗き込んで、100円玉と10円玉を集める。 「いらっしゃいませ!」  さっきの「はあい」と同じ声が、もっと近くで聞こえた。  硬貨を数える手が止まる。  マキは、ゆっくりと顔を上げた。  白いシャツに紺色のエプロン、グレーのキャスケット。  はちきれんばかりの笑みを浮かべて、カウンターにやってきた「男の子」は言った。 「マキさん」  手首から力が抜け、口の開いた財布から、小銭がザラザラとカウンターにこぼれた。    *  リョウとマキは、店の隅っこの席で向かい合っていた。  二人が知り合いだと見てとった店の女性が「10分ぐらいなら、そこでお話ししてもいいわよ。忙しくなったら呼ぶから」とリョウに休憩をくれたのだ。  マキの財布から落ちた小銭は、カウンターから床まで広範囲に散らばった。リョウは、それを拾うマキを手伝いながらも、紅茶の抽出時間をしっかり計っていた。  そうやって完璧に作られた紅茶が入った紙コップを、マキは両手で持って、強調するように前に出した。 「これは、一体どういうことなの」  真面目な顔でつめよるマキに、リョウは笑顔を返した。 「うん、ちょっとしたことなんだ。まず、なるべくお湯が熱いうちにティーバッグを入れるでしょ。それから、必ず蓋をするのがポイント。あとは時間を正確に計って……」 「そうじゃなくて」  マキは遮った。嬉々として説明していたリョウは、意外そうに目をあげた。 「紅茶の淹れかたの話じゃないの? みんなそれ聞きたがるから」  マキは、イラっと湧き上がるものを感じた。それを落ち着けるために、その紅茶を口に運ぶ。  美味しい。  マキは、詰問口調にならないように、ゆっくりと切り出した。 「ずっと、ここで働くの?」 「そうできたらいいな、って思ってる」
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