Cat

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 この年になるまで、私はずっと健太の隣に寄り添ってきた。健太の喜ぶ顔も、怒った顔も、泣いている顔も見てきた。私は健太のことなら何でもわかる……はずだった。ところが、最近の健太は私にはよくわからない。憂鬱そうな様子でひどくぼんやりとしていることが多く、ときどき一人で静かに泣いている。傍に寄っても、私のことが見えていないのか、全く相手をしてくれない。私は心配になり、 「いったい何があったの?」  と尋ねてみる。だけど、健太は何も答えてくれない。それも仕方がないと言えば仕方がないことだ。健太には私の声など、“ニャアニャア”としか聞こえていないはずなのだから。今ほど自分が猫であることを恨んだことはない。もしも私が人間で、健太と同じ言葉が使えたなら、きっと健太も私の声に耳を傾けてくれるだろうに。だからといって、私が人間になることなどなり得ない。私には、ただそっと健太の隣に寄り添うことしかできない。  そんなある日、健太がずいぶん酷い格好で帰ってきた。頭から足まで全身びしょ濡れで、肩から提げているカバンは泥まみれになっている。これはさすがにただ事ではないと思い、何があったのか必死に尋ねてみるけれど、やはり私の言葉が健太に通じることはない。声色を変えて、何とか人間のように喋ってみようと試みるけれど、それでも通じることはない。そもそも、人間と猫とでは口の構造が違う。猫の私が人間のように喋ろうなんて、初めから無理な話なのだ。     
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