脇役のプロローグ

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脇役のプロローグ

 人がごみのようだとはよく聞く台詞だが、人が生ごみのようだとはなかなか言わない。そりゃ誰も生ごみみたいになった人間なんて見かけないだろうから仕方ない。でもさ、すごいよ、今も後ろからありえないくらい鉄っぽいのが臭ってくるもの。  僕は今たぶん世界で一番必死に走っていると思う。殺人鬼から追われるフィクションは嫌いじゃなかったけれど、碌でもないと思い直した。こんな不謹慎な地獄をあんなシリアルなもので表現し尽くせるわけがなかろう。膝はがくがく笑い、肺も悲鳴を上げていて、口の中に血の味が滲んでいる。でも走るのをやめられない。だって足を止めたら死ぬ。止めなくともいずれ死ぬかもしれないけど、止めたら確定で死ぬから止められな──あっ。 「ギャハハ!! やーっと追いついたぜ……やあクソガキ、おなまえはなんでちゅかァ〜?」  言うもんか、と唇を噛む。自分の名前が嫌いだった。地味だし、ありきたりだし、紙に書く度に「お前はからっぽだ」と突きつけられているような感じがしてしまう。要するに、僕は自分に特別な何かが無いことを正視したくなかったのだ。そのツケが今回ってきただけなのである。  もう何とも思ってないけれど。だって事実じゃないか。本当に何も出来ない。今だってそうだ。何も出来ずに、こんな事考えて。 「おい、聞いてんのかァー? へへ、聞いちゃいねーよな」 「はぁ、はぁ……ッあ"ぁぁぁあ!!」 「お? まーァだ元気なんかよ」  歯を食いしばりながらも本能で足を動かす。心も身体も限界だった。だからか、頭はバグってしまったようだ。脳裏に懐かしい日々が浮かび上がる。幼き日の母のぬくもりが、初めて出来た友人が、彼らとの思い出が──。  目まぐるしく移り変わる景色。しかし、そろそろ終わりそうだ。聞いたことがある。これはきっと走馬灯だ。だから、僕はきっと死ぬんだ。 「ヒヒヒ、じゃあなボウズ。ただ、俺の視界に入っちまったのが悪かったんだ」  誰か、誰か──。 「あばよ、憐れなボウズ」  逆光で見えない影を覆い尽くす、眩むようなアオを見た。
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