8人が本棚に入れています
本棚に追加
怪獣襲来!
信号が青に変わると、両岸から人の波が押し寄せた。
ちょうど真ん中でぶつかった彼らは道を譲ることはせず、かといって真正面からぶつかることもない。
たまたま肩が当たった者は不機嫌そうに相手の顔を見るが、抗議の声をあげることはなく、流れに従って対岸へと渡り歩く。
これがこの町における平和であった。
急ぐ者も、憩う者も。
それぞれの想いが渦巻きながら、町は騒がしい秩序を作り出す。
ふと、ひとりの女が何気なしに空を見上げた。
すぐ横を歩いていた男もつられて視線を上に向ける。
「なんだ、あれは!」
彼は中空の一点を指差した。
行き交う人々も何事かと男の視線をたどる。
開豁とした空に、奇妙な黒い点が浮かんでいた。
野球ボールほどの大きさのそれは徐々に大きくなり、それに合わせて輪郭がぐにゃりと波打ち始める。
「気味が悪いな」
「ブラックホールじゃないのか?」
やがて謎の黒い物体はビルほどの大きさにまで膨れ上がり、頭上に蓋をするようにその場に静止した。
すると耳障りな音が響き渡り、物体のちょうど真ん中あたりから光が迸った。
突然の閃光に数台の車両が衝突事故を起こした。
だが多くはそちらを一瞬見やるだけで、すぐに手をかざしながら物体に目を向ける。
光は次第に弱まっていき、黒い輪郭が歪む。
「ああっ!」
彼らは見た。
黒い穴から這い出るように、巨大な腕のような何かが伸びた。
それは交差点のほぼ中央に降り立った。
表面は緑色で元も先も同じように太い。
近くにいた者には、巨大な柱が杭打ちされたように見えた。
だがそれは柱などではない。
再び物体が光り、そこからもう1本の腕が生える。
「逃げろ! バケモノだ!」
人々は散り散りになった。
車に乗っていた者は車道を塞がれているため、車を乗り捨てて反対側へ走った。
「うう、宇宙人だ! 宇宙人が侵略してきたんだ!」
「早く逃げろ!」
「もう駄目だ! 俺たちは殺されるんだ!」
中空からゆっくりと姿を現したのは――。
怪物だった。
全長50メートルはあろうかという巨体は、爬虫類を思わせる緑色の皮膚に覆われている。
4本の脚には鋭い爪が生えている。
ぎょろりと動く眼球が逃げまどう人々を追う。
だが怪物はそこから動こうとはせず、ワニのような顔を左右に振って辺りの様子を窺っていた。
最初のコメントを投稿しよう!