奇子の苦悩

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文学専門学校の休み時間、白浪奇子は憂鬱そうな顔で鏡を見ている。 「きーこちゃん、どうしたの?」 数少ない友達である亜利沙が、ひとつにまとめた三つ編みを揺らしながら奇子の顔をのぞき込む。 「うわっ!? あ、亜利沙ちゃん……」 「鏡見てるなんて珍しいね。デキモノが出来てるわけでもないのに」 亜利沙は無意識かつ遠回しに奇子のガサツさを指摘しながら、質問を繰り返す。 「いや、私って童顔だから魅力がないのかなって……」 奇子はため息をつく。 「あ、もしかして例の……」 授業開始のチャイムが、亜利沙の質問を遮る。 「あちゃー……。お昼休みにまたね!」 亜利沙は小走りで席に戻っていった。 奇子は鏡をしまって教材を出すが、彼女の頭の中は悩みごとが埋めつくしていて、それどころではない。奇子には20ほど歳上の恋人がいる。名は海野健次。はぐるまという喫茶店でマスターとして働いている。 交際歴=同棲歴で半年ほど経つふたりだが、未だにキス止まりだ。奇子はそのことについて気にしないようにしていたが、彼が大学生の頃に付き合っていたすみれという女性を知って以来、何故こうも進展がないのか、気になっている。 結局まともに授業内容が入らないまま、昼休みになってしまった。チャイムが鳴った途端、亜利沙は奇子の手を掴んで、強引に食堂に連れていこうとする。奇子は慌てて弁当入れと水筒を持った。 「そんなに引っ張らなくても……」 「だって、気になるんだもん。あ、プリンスだ。おーい、王子様ー!」 亜利沙はひとりの青年を見つけると、大声で呼んで手を振った。 王子様と呼ばれた青年、成瀬朱音は苦笑しながら近づいてくる。高身長で美形の彼は、この学校ではアイドルのようにちやほやされている。実際にモデルをしているのだから、アイドルと大差ないのだろう、学校内には彼の熱狂的ファンが大勢いる。 「亜利沙ちゃん、無理に白浪さんを引っ張ってるように見えるけど?」
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