8人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
「奇子ちゃん、なんか悩みごとあるっぽいんだよね」
ねー、と同意を求められるも、奇子はどう答えていいのか分からず、曖昧に笑う。というのも、成瀬朱音こと七瀬秋明は、すみれのひとり息子なのだ。ちなみに本名である“秋明”は、海野がすみれと交際している際に、“男の子が産まれたら秋明と名付ける”と発言し、それを覚えていたすみれが名付けたのである。
「それはたぶん、僕は聞かない方がいいと思うよ。それじゃ」
朱音はなにかを察したのか、片手を上げて去ってしまった。
「薄情者めーっ! ま、いいか」
亜利沙は再び奇子の手を引いて歩く。
食堂につくと奇子は場所取りをし、亜利沙は昼食を買いに行く。窓際の4人掛けテーブルに座った奇子は、弁当入れの中を出す。弁当の中身はピラフとオムレツ。一緒に入っているココットには、こんがり焼き目がついた焼きプリン。エスプレッソが入った珈琲用の水筒を近くに置けば、彼女の昼食の準備は完了。
「おまたせー。わぁ、今日も美味しそうだね」
サンドイッチを運びながら戻ってきた亜利沙は、羨ましそうに奇子の弁当をのぞき込む。
「健次さんの料理はどれも絶品だよ。お弁当サイズにするのは、ちょっと苦労したらしいけど」
奇子はいただきます、と手を合わせると、使い捨てのプラスチック製スプーンでオムレツをすくう。
「喫茶店のマスターが彼氏だと、そんなに美味しいお弁当が作ってもらえるのかぁ……。いいなぁ……」
亜利沙は奇子の弁当を見ながら、サンドイッチをかじる。奇子は恋人の手作り弁当を羨ましがられ、自慢したくなるのをこらえる。
「で、毎日高クオリティなお弁当作ってくれるハイスペック彼氏と、なにがあったわけ?」
「なにかあったってわけじゃないんだ……。というか、なさすぎるんだよねぇ……」
奇子は大きなため息をつく。
最初のコメントを投稿しよう!