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虐待 桝添詩織
おそらくその頃、別室で、こんなことが起こっていたと推測される。
吉武青年は、彼独自の感性と文法によってつづられた独り言を、あいかわらず止めどなくつぶやきながら、秋山と巡査が眠っている部屋に入っていった。
「まったく見張りをさせるなんて人使いが荒いよなあ。スミレちゃんはいったい何の生まれ変わりなんだあ? きっと卑弥呼かエリザベス一世の生まれ変わりに違いない。それであんなに偉そうなんだ。それに人をこき使うのがうまい。こきこきこきこきって、こき使うのが本当に上手いんだよなあ。もっともっとこき使ってほしいなあ。こきこきこきこき……」
吉武はそんなことを小声で言いながら、二人の男を見張った。
秋山は目を開いたまま、あお向けに横たわっている。血の気の引いた舌が、だらりと横に垂れて、もしかしたら呼吸もしていなかったかもしれないが、吉武は考えてもみない。秋山さんは寝相が悪いなあ、いっしょの部屋じゃなくて良かったなあと、思う程度である。 一方、市川巡査の方といえば、すでに意識を回復していた。
「よう、吉武」
つぶらな瞳で、もやしのような見張り役を睨んでいる。内あごが紫色に腫れ上がり、とても痛々しい。
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