虐待      桝添詩織

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「こ、これは巡査。もうお目覚めですか?」 「目が覚めたらいけないのか? お前見張りのつもりか? そんなことしないでさっさと俺を助けろ。戸川は院内の風紀を乱したんだ。粛清せねばならん」 「だ、だ、だめですよ巡査。今はお芝居の練習中なんです。僕は脚本を書いてないから見張りだけど、それは断筆宣言をしたから仕方ないんです。巡査も脚本を書いていたらよかったのに。そしたら、助けてあげたのになあ。もしかしたら巡査だって、近松門左衛門の生まれ変わりだったかもしれないし……」 「どうしてもだめか?」  巡査は真顔になって、もう一度聞いた。 「だ、だめです。それが見張りの使命です」 「そうか」  巡査は両目を閉じた。瞼を下ろすとまさに悪役顔。とても警官には見えない。  生まれつきこんな凶悪な顔で育っていたのなら、気が狂ってもおかしくないかもしれない。 「じゅ、巡査……」  吉武は、さすがに不憫に感じたのかなにか言おうと口を開いた。  しかし言葉が用意される前に、巡査はぱちりと瞳を開け、にかっ、と口を広げて笑った。前歯が何本か抜け落ち、いびつな空洞ができている。 「よーしーたーけー」  うらめしやと言うにはどこか勝ち誇ったような、明るい声質でそう呼び掛けてくる。     
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