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ナイフは肉の抵抗を易々と突き破り、ついでに後ろの街灯まで突き刺さる。青年の声は聞こえなかった。おそらく声を上げる暇もなかっただろう。
ちょうどナイフが噴き出す血液の栓をしたのか、血しぶきは刺した手が濡れる程度で済んだ。刺した際の噴き出す血の量が最小限で、自分の身体があまり汚れないのあって、ナイフは長年愛用しているものだった。
男は下を向いている青年だったものの顔を上げる。
「うん、いい出来だ。ここ最近で一番だ」
青年だったものの顔は驚きに満ちていたが、苦痛に歪めた表情ではなく、むしろ綺麗だった。あそこまで無防備な状態で刺せばこれほどまでに綺麗な死に顔になるのか、と半ば感心してしまったほどである。
最近はどこか歪んでしまった死に顔が多かったために、一種のスランプ状態に陥ってしまったのかと悩んでいたが、これは良い死に顔を作れた、と男は晴れ晴れした気持ちになった。
「さて――――、ゆっくりとナイフを抜かないと全身濡れちゃうから気を付けないと」
コツは自分の方に隙間を作らないことだ。隙間を作るとそこから血が噴き出してしまう。最初の頃はこのやり方に慣れず、勢いよく抜いてしまったことで全身血まみれになったと思い出しながら、作業に取り掛かる。もっとも何回もやっている行為なので数分もかからないのだが。
「うん、良くできた」
ナイフを抜いた後、改めて刺したものの顔を見る。
率直に言えば、美形な顔立ちだった。今でこそ驚きの表情しか見れないが、その顔から生み出される表情で周りを魅了したことだろう。
とはいえ男には刺したことに後悔の念はない。そもそも刺した相手のことなど興味がなかった、と先ほどの無駄な妄想を切り捨てる。
「じゃあ、またお酒でも飲みながら探すか――」
今日は気持ちが良い。いつもなら二人で終わるのだが、さっきの死に顔を上手く作れたことで気分が高揚していた。これならば女の方でも良い出来が期待できそうだ、と足取りは軽やかにその場から立ち去ろうとした。
その時、背後で何かか蠢くような音が聞こえた。
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