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男はそれが気になっていた。死神というと死んだ魂を導く存在もしくは死にかけの人物の魂を刈り取るものという認識なのだが、もしかしたら自分はもう寿命が近いのだろうかと男は内心焦っていた。
男にとって、社会一般でいうところの殺人は死に顔を見るための行為でしかない。つまりは趣味だ。それも絶賛ドハマり中のマイブームといったところだ。盛り上がっているブームを途中でバッサリと切り捨てられるのは誰だって心苦しいだろう。
「自分の命よりもう死に顔を見れないことに焦っているとは。あなた、まさに気が狂っていますね。まあ私もそんな相手だからこそ私も躊躇いなく新しい業務の試験運転ができますが」
「業務?」
「ええ。死神の基本業務は先ほどあなたが思った通り。死んだ魂を冥界まで連れていく。いわば運送みたいなものです」
「じゃあ俺も?」
死ぬのかという内側の考えを、死神はあっさりと切り捨てた。
「いえいえ。あなたはまだ生きています。もちろん寿命はまだまだあります。よって死神の基本業務対象ではありません。死神は人間界においては中立に、がモットーですので」
「じゃあなおさら不思議だ。どうして俺の前に?」
「いったでしょう?”新しい業務”だと」
そう言って死神は懐から何かを取り出してきた。
それは単にコルクで栓をされた大瓶だった。何の変哲もない、どこにでも売っていそうなもの。中身は黒い気体のような何かが渦巻き、今も外に出ようともがいているようだった。
それを見たと同時に背中に冷たいものがぬるりと入ってきたみたいな感覚を感じた。最初は背中から、次に正面、さらに足、手、頭へと。実際にはなんてことないはずなのに何か皮膚の上を這いずるような感覚に男は絶え間なく襲われた。
「そ、それ、は?」
普段なら寒さで口が震えるなどありえないし、そもそも季節的にも今は夏に入り始めたころだから寒さを感じるはずがなかった。だが、現実問題として声は震え、何故か足は凍ったように動かなかった。男は今まで体感してこなかった気分を味わされた。
本当ならば聞くべきではなかったかもしれない。だが不意にでた言葉がそれしかなかった。本能が聞くべきではないと警鐘を鳴らしているのに、興味を惹かれてしまったのだろう。
震えた声をした問いに、死神は微笑み、やさしい口調で答えた。
「こちらはーー、魂30人分。あなたが殺した人の分ですよ」
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