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「正確に言えば、30人分の”死”ですねえ」
「”死”?」
死とは形にできないものだ。決して気体のように蠢いたりはしない。
そのような子供でも分かる一般常識をわきまえているはずなのに、男は死神が言った言葉を難なく受け入れていた。
「ええ。”死”です。あなたが殺した老若男女全ての”死”が濃縮され、熟されたもの。あ、一番上の方にあるのは二時間前ほどにあなたが殺した女性の”死”ですよ。背後からの奇襲にたまたま気づいて回避しようとするも避けきれず、心臓近くに刺さって重症なところをあなたが刃を横に滑らせ心臓を切り裂いた、あの女性ですねえ」
「--」
流暢に語る死神とは反対に、男は沈黙を保つ。否、寒さで口が開かずに沈黙せざるを得なかったとも言うべきか。
「本来私たち死神は人間社会には中立の立場です。被害者と加害者の問題は人の法律に任せておいて、死神は死神の業務につくだけーーのはずでした」
「しかし、新しく就任した我が社長が売り出した新業務、これによって大きなビジネスチャンスが生まれたのです。その名もーーー、因果応報サービスです」
「い、んが、おう、ほう?」
不思議な寒さで震える口からようやくでた、たどたどしい男の言葉を、死神は肯定する。
「ええ。物事には善い行いをすれば善い結果が生まれ、悪い行いをすれば悪い結果が生まれる。人に与えた善の行為には善の報いが、そしてーーー人に与えた死には死の報いが、といったように、ねえ」
「---!」
男には察しがついた。自分がこれから何をされるのかを。
逃げようと足を動かそうとした。
けれども足は凍ったようにがっちりと何かが掴んで動けない。
「私たち死神は人間社会には中立の立場です。それは変化しません。ただし、人が起こした憎しみや嫉妬、殺意などの負の感情を、その原因を作った人にぶつけることは、中立の枠をはみ出したことにはならないのですよ。ただぶつけるだけなので」
もがこうとした。何とかしてこの悪寒を振り切ろうとした。
けれども全身を覆った何かは体を締め付け、離れようとはしない。
そうこうしているうちに、死神はコルクに手を触れた。
「それでは、30人分のありとあらゆる負の感情が詰まり、濃縮されたもの。その原因を作ったあなたへとーーーお返死です」
男の心中で叫んだ静止は届かず、死は解き放たれた。
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