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こんな私だけれど真崎と手を繋いだことがある。
それは一度だけ。去年の文化祭だった。この学校では毎年、文化祭の終わりにキャンプファイヤーをしていて、そこで生徒全員参加のフォークダンスが行われた。
フォークダンスは別にいいけれど、手を繋ぐことだけは最悪だ。この行事が嫌だからと学校を休みたくなるほど嫌いだった。
男子女子がペアになって踊り、一通り終わったら次の生徒と入れ替わる。相手は学年もクラスもごちゃまぜだから、誰が相手になるのかわからない。
私はてのひらに意識を集中させて手汗をかかないように念じ、相手の顔も名前も見ないようにして地獄の時間に耐えようとしていた。
そんな時に、真崎とペアになった。
この時はてのひらのことしか考えてなくて。でも真崎は言ったのだ。
「温かいな、お前の手」
言われ慣れている言葉なのに、どうしてか耳に残る。
ふと見上げればその瞳は優しくて、じっと私のてのひらを見つめていて。
「……こういう手、落ちつく」
校庭に流れる音楽や生徒たちの騒がしい声をすり抜けて、鼓膜を揺らす真崎の呟き。
それは私の頭にすとんと落ちて、不思議なスイッチを入れた。ただのクラスメイトとしか思っていなかったのに、急に真崎がきらきら輝いて見える。王子様と言ってしまえば誇張表現かもしれないけれど、でもそれに近いかっこいい人に見えてしまったのだ。そういうときめきみたいなスイッチが入ってしまった。
王子様と手を繋いで踊る私はお姫様。手を繋いでいるだけで真崎の体温が伝わってきて熱を共有している気がする。かすかに動いた指先も感じ取れるほど、私たちのてのひらが溶け合っているようだった。
地獄のフォークダンスは一転して、シンデレラタイムに変わる。一分ほどの短い時間、曲の切れ間は十二時の鐘。
真崎が離れていく。声をかける間はなかった。
恋をした。あの瞬間から、真崎が特別だった。
でも、芽生えたばかりの恋心に残されたのはガラスの靴ではなく、べっとりと濡れたてのひら。気分が高揚したためか、私のてのひらはいつもより汗をかいていた。
真崎に知られてしまったのだろうか。もし知られていなかったとしても――隠さなければならない。汗なんてお姫様に似合わない、きっと。
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