ホット・プリンセス

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***  今日の家庭科は『未来設計図を作る』というテーマだった。プリントが配られて、各々が思い描く将来について書くらしい。  将来と聞いて浮かんだのは真崎で、隣の席をちらりと窺ってしまう。でもプリントとにらめっこしたままで、わざと消しゴムを落とす余裕もないらしい。  安心したような少し残念なような。気持ちを入れ替えて私も未来設計図について考える。  好きな人と一緒に暮らして、幸せであればいい。シンデレラみたいにハッピーエンドで。そんなありきたりな将来が浮かんだけれど、シャーペンを握りしめたてのひらがそれを嗤う。私のてのひらを好きになってくれる人がいるのだろうか、汗かきで手を繋いで歩くこともできないような女を、誰が受け入れてくれるのだろう。 「ねえ、未来設計図書いた?」  前の席にいた友人から声をかけられて我に返る。 「まだ書いてない。これ、結構難しいね」 「色田なら簡単じゃん。パン屋の嫁になるって書いておけば?」  唐突なパン屋さんの登場に、目を丸くするしかなかった。どうしてパン屋がここに。  私が理解できていないことを悟った友人が続ける。 「こないだテレビでやってたんだけどさ、手が温かい人がこねるパンは美味しいらしいよ」 「え、どうして?」 「パン生地がちょうどいい温かさになって、発酵しやすいとか何とか」  シンデレラからパン屋か。その落差に悲しくなってしまうけれど、でも私にはその方が合っているのかもしれない。 「逆にすし屋は手が冷えている人向けだってさ」 「じゃあやっぱり、私はパン屋の嫁に向いているんだね」 「未来予想図決まりじゃん!」  友人と笑いあうけれど、心はあまり笑っていない。  私はパンを作ったことがない。せいぜいパンを買って食べるぐらいなのに、いきなりパン屋の嫁に向いていると言われても困る。それに手が温かいだけじゃなくて、汗もかきやすい。そんな手で作り上げたパンを食べたいと思うのだろうか。  友人のアドバイスをもらっても未来設計図は埋まりそうになかった。
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