12人が本棚に入れています
本棚に追加
第0話 再生
意識を取り戻した時、自分は死んだのだと思った。
嬉しかった。
ホッとしていた。
猛火で生身を炙られるかのような激痛も、窒息しそうな苦しさも、もうどこにも感じられない。
(ああ、やっと死ねた)
殺してくれと何度叫んだことだろう。
こんな苦しみを味わうくらいなら、いっそ死んで楽になりたい。
わめく自分を家人はただおろおろと見守るばかりで、そのうちに痛みのあまりわけがわからなくなった。
きっとそんな自分を見かね、誰かが手を下してくれたのだ。
ゆったりと呼吸をし、空気の成分のひとつひとつを味わった。
今までとは異なる味わいだった。複雑であるにも関わらず、すべての構成要素がわかる。
ふと、違和感を覚えた。
自分は死んだのに、どうして空気を味わったりしているのだろう。死んだら息をしないのではないか?
指先がざらりとした布地を掴んだ。
ざらり。
どうしてそれがわかるのか。死んだら何も感じないはずだ。
目を見開いた。
歳月を経て黒ずんだ、見慣れた板張りの天井。
死んだのに、どうしてそれが見える?
窓の外からは甲高い鳥の鳴き声が聞こえた。
馬鹿な。聞こえるはずがない。
何だ、これ。
耳元でわめきたててるみたいにうるさい。
何故だ。窓は閉まっているじゃないか──。
すべての色彩が、異様な鮮やかさで瞳を突き刺した。
些細な音が鼓膜を破るように響き、あらゆるものの発する匂いが洪水となって鼻腔になだれ込んで来る。
目を瞑り、息を止め、耳を塞ぎ、膝の間に頭を抱え込んでも、まだ何かが聞こえた。
体内を流れる血流がゴウゴウと凄まじい轟きを発している。ひび割れた叫び声が渇ききった喉を突いた。
扉がばたんと開き、憔悴しきった顔の女が室内に飛び込んできた。女は叫びながら自分を抱きしめた。
誰だっけ。
ああ、そうだ。これは『母』だ。
戸口に立った痩身の男が、口を半開きにして自分を見つめている。
あれは『父』だ。
自分にこの苦しみを与えた男。
そうなることを知っていながら我が子を実験動物のように扱った男――。
憎しみが芽吹いた。
そして理解した。
やはり自分は死んだのだ。だからもう彼の子ではない。彼の役目は終わったのだ。
私の瞳を食い入るように見つめ、『父』は呻いた。
「おお、神よ」
落ち着きを取り戻し、私は微笑んだ。
『父』は瞬時に破裂して肉の破片となった。少し腕に力を込めただけで『母』は全身の骨が砕けて絶命した。
血まみれになった私は喉を鳴らして笑った。これまでの自分が本当に死んだことを実感し、深い喜びが込み上げた。
鏡を覗き込むと、瞳が青と金に変わっていた。白目は乳白色の蛋白石みたいに輝いている。
これこそが支配者の証、神々の証だ。『両親』の流した温かな血溜まりを踏んで私は歩きだした。
さぁ行こう。
世界をこの手に取り戻そう。
丹精込めて我らが造り上げた、美しきこの世界を。
最初のコメントを投稿しよう!