第26話 僕ら、そんな怖い人に見えます~?

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第26話 僕ら、そんな怖い人に見えます~?

「ぶつかったのはティムよ。彼はあなたがお父様を殺したのだと思い込んでいるわ」 「違います! 犯人はオージアスです、本当ですっ」  うろたえたエリックはふたたびパニックに見舞われたようにわめきたてた。  アビゲイルは鬱陶しそうに眉を寄せ、エリックの顔に無造作に拳を放った。寸止めではなく微妙に当てたらしい。  痛みよりもショックを受けた様子でエリックは目を見開いた。ソニアは今聞いた話を懸命に頭の中で整理した。 「オージアスがお父様を殺したとして……、でも、どうしてそんなこと」 「反政府活動の一環でしょうね。グィネル公爵は準王族かつ御前会議の重要なメンバーで影響力も大きい。他のメンバーにかなりの衝撃を与えることができる」 「……お兄様はいったいどうなってしまったの。主義主張のことじゃないわ。わたし、見たのよ。目の前で、お兄様が──、怪物に変貌するのを……」  すっ、とアビゲイルの瞳が冷える。見えないけれど、ユージーンとギヴェオンも同じような目で自分を見ている気がする。顛末を知らないエリックだけがぽかんとしていた。 「まさしくそれが、我々がエリックの依頼を引き受けた理由です。人間を異形のものに変えるなどという技には、必ず〈神遺物(ヘレディウム)〉が関わっている」  〈神遺物(ヘレディウム)〉。遠い昔、神々の争いの集結とともに失われてしまったという超文明の名残。 『神々が眠りに就いた後、人間は〈神遺物(ヘレディウム)〉を発掘し、その技術を学ぶことで急速に復興を遂げることができたのです』  授業でアイザックが言っていたことが思い浮かぶ。何故だか彼は苦々しい口調で、眉間にしわを寄せていた。  それは彼が創造主教会の使徒だからだと思っていたが、もしかしてそれだけではなかったのだろうか。 「……どうして遺跡管理庁に話を持っていかないの」 「遺跡管理庁はその名のとおり、遺跡と、そこから出てくる〈神遺物(ヘレディウム)〉を管理・研究するための機関です。彼らがこのことを知れば、何としてもヒューバート卿を手に入れようとするでしょう。貴重なサンプルとして」 「サンプル……!?」 「モノ扱い、されますよ。間違いなく。わたしたちはそれを望まない。あなたと同様に」 「じゃあ、あなたたちの目的って何」 「一言で言えば危険な〈神遺物(ヘレディウム)〉の破壊です。〈神遺物(ヘレディウム)〉は生活に役立つものもありますが、ろくでもないシロモノも多いのですよ。人間の怪物化どころじゃない。都市ひとつ簡単に、いえ、まるごと国ひとつ一瞬で消滅させられるような、とんでもない兵器もある。わたしたちはそういうものを見つけて破壊することを目的にしています」  ソニアは身をこわばらせた。背中を冷たい汗が滑り落ちる。もしかしたら彼らは〈世界の魂(アニマ・ムンディ)〉や〈月光騎士団(ルーメン・ルーナエ)〉よりも危険な存在なのでは……? 「あーもう、所長~。純情なお嬢様をそんなに怯えさせてどーすんですか」  突然、緊張感の欠落した声がのんびりと割って入った。  ユージーンが窓辺を離れて歩いてくる。彼は壁際に控えていたギヴェオンの肩を、いきなりガッシと抱え込んだ。 「僕ら、そんな怖い人に見えます~? まぁ、破壊活動なんてったら確かにテロリストみたいだけどさ。破壊するのは危険物に限りますんで。なー? ──いでぇっ」  ギヴェオンが鬱陶しげにユージーンの手の甲をつねり、アビゲイルの冷やかな声が飛ぶ。 「ユージーン。表の仕事で勤務中のスタッフには絡まないよう言ってあるはずよ」 「はいはい、すいません」 「ソニア様。これだけははっきり言っておきます。わたしたちの目的はヒューバート卿を救出し、王家に対する反逆を阻止することです。危険な〈神遺物(ヘレディウム)〉の破壊とてアスフォリア帝国を守るためにしていることであり、他意はございません」 「そうそう、僕らバリバリの保守で王党派なのー。アスフォリア帝国ばんざーい」 「黙ってなさい、ユージーン! あなたが言うとふざけているようにしか聞こえない」 「えー、本気なのになぁ。僕、アスフォリア様が大大大好きなんだよ?」  アビゲイルは頭痛を堪えるようにぐりぐりとこめかみを揉んだ。 「……とにかくわたしたちはあなた方と対立する者ではありません。証明しろと言われても今すぐは難しいので、信じてもらうしかありませんが」  ソニアは上目遣いにギヴェオンを眺めた。  眼鏡の位置を直したギヴェオンが、にっこりと笑う。まっすぐに注がれるまなざしは深く穏やかでどこまでも澄んでいる。  ソニアは何だか泣きそうになって、それを隠すためにわざと睨み付けた。 「……信じるわ」  睨まれてうろたえたギヴェオンが、ホッと息をつく。  信じてみよう。彼らのすべてが理解できたわけではないけれど、敵ではないという言葉だけは信じられる気がした。  ソニアはアビゲイルの勧めで当分のあいだブラウニーズに滞在することになった。ソニアの身分を考えると生半なことでは指名手配書など出せないが、特務に見つかれば参考人として連行されるのは目に見えているし、暗殺者もまだ諦めてはいないだろう。 「ジャムジェムも〈世界の魂(アニマ・ムンディ)〉のメンバーなのかしら」
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