第32話 わたしに訊かれたってわからないわよ

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第32話 わたしに訊かれたってわからないわよ

 目を開けたソニアは、自分が星空の下に横たわっているのかと思った。  ハッと気付いて身を起こすと、それは黒っぽい石造りの天井だった。石材に含まれるガラス質の粒子がキラキラと星のように輝いている。 「大丈夫ですか?」  傍らにしゃがみこんだギヴェオンが、しげしげとソニアを見ている。 「ギヴェオン……」 「どこか痛みます?」 「いえ……、何ともないと思うわ」  ソニアはギヴェオンの手を借りて立ち上がった。少し身体が痛むのは、軽い打撲のせいだろう。ソニアは茫然と周囲を見回した。  立ち上がっても天井はまだずっと上にあり、相変わらず夜空のようだ。床も天井と同じように星屑をばらまいたみたいで、まるで夜空に浮かんでいるような気分になる。  少し離れた場所に瓦礫が堆く積もっていた。視線に気付いたギヴェオンは首を振った。 「あそこはダメです。瓦礫で完全に塞がってしまった」 「じゃあ、どこから出ればいいの」  絶望的な気分で呻くと、壁のあちこちを探っていたギヴェオンが先に立って歩きだした。 「地上との出入口が何箇所かありますから、そこを探して外へ出ましょう。この通路を歩いていけばどこかにあるはずです」  ソニアは恨めしげに瓦礫の山を見つめ、ギヴェオンの後について歩きだした。 「何なの、ここ」 「アステルリーズの地下第一層です」 「帝都の地下にこんな通路があるなんて、全然知らなかったわ」 「網の目のように張り巡らされていますよ。地上の道路と同じように。遺跡管理庁の管轄下にあって、一般の人々にはほとんど知られていません。一部は下水道に繋がってますし、それと知らないうちに地下室として一般家庭が使ってる場合もありますけどね」 「遺跡管理庁ってことは、ここ、神代の遺跡なの?」 「ええ。かつて神々が地上を支配していた頃のね。第一層はほぼくまなく調査されていて、地図も作られています。〈神遺物(ヘレディウム)〉はすべて回収済み」 「地図があるの? だったらすぐに出られるわね」 「あいにく今は持ってません。まさか地下に落ちるとは思ってなくて」 「……ごめんなさい。わたしのせいなのよね、こうなったのも」 「そ、そうは言ってませんよ」 「錬魔術(パラケミー)を発動させようとしたのを、わたしが邪魔したんでしょ」  ついいじけてしまうソニアに、ギヴェオンは困ったように頬を掻く。 「まぁ、思ったように行かなかったのは事実ですけど。そもそも私が回りくどいやり方をしたのがよくなかったわけで。──あ、これ、お返ししておきますね」  差し出されたのは黄金と宝石で作られた護符だ。鎖が無事だったので元通り首にかける。 「〈神の瞳〉ですか。さすが、いいものをお持ちだ」 「持つのがわたしでは宝の持ち腐れよ」  ソニアは嘆息し、手にとって護符を眺めた。  六芒星の護符でも特に黄金と青い宝石、乳白色の蛋白石もしくは白蝶貝を使ったものは〈神の瞳〉と呼ばれて尊ばれる。  ソニアの護符はその中でも最も高価な組み合わせである、黄金・青玉(サファイア)蛋白石(オパール)で作られたものだ。 「神々は蒼い瞳で瞳孔が金色、白目の部分が蛋白石(オパール)みたいにきらめいたんですって。それってすごく綺麗よね」 「そうですかね」  ギヴェオンはさして興味もないようで、立ち止まって思案している。どうしたのかと思えば、行く手の道が二股に分かれていた。 「どっちでしょう?」 「わたしに訊かれたってわからないわよ」 「えぇと、さっきの神殿の位置からすると、こっちが西でこっちが北で。えー、ということは、中央区はこっちの方で、この道はこっちへ続いているから。──よし、こっちだ」  左手の道を指してギヴェオンは歩きだした。後を追いながらソニアは非常に不安だった。 「本当にこっち? というか、どこへ向かってるの。出口を探すんじゃなかった?」
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