第34話 神と人間を分かつ根本的な違いは何だと思います?

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第34話 神と人間を分かつ根本的な違いは何だと思います?

「──もしあなたが言うように神々が実在したのなら、創造主教会の教えはすべてでたらめってことになるわね」  アイザックのことを思うと複雑な気分になった。  父に禁止されて創造主教会の教義を教えられることはなかったが、彼が敬虔な使徒であったことは身近で接してわかっている。 「神々と創造主は矛盾しませんよ。〈光の書〉に書かれているとおり、神々はこの世界を無から造り上げたわけではありません。すでにあった世界に、よそからやってきたのです。この世界を造り上げた存在が別にいたとしてもおかしくはない」 「でも、聖神殿は創造主の存在を認めていないわ」 「否定もしていません。神々にとって創造主は、いたところで何の意味もない存在なんです。神々がやってきた時、この世界は不毛の大地でした。この世界を創ったのが創造主だったとしても、世界に命を吹き込んだのは神々です。──ここが聖神殿と創造主教会の最大の対立点ですね。創造主教会は、命を創り出したのも世界を創った創造主の御業(みわざ)であると主張しています。聖神殿は、それを神々の御業としている。  創造主教会も神々の存在自体は否定していない。ただ、神々もまた創造主の被造物と見做しています。創造主は神々を造ったもののあまりに強大すぎて世界を滅ぼしそうになったため、この世界のスケールに見合った人間を創ったのだと。つまり、この世界に最もふさわしいのは人間である。  ……ものすごく省略すると、創造主教会の教義はそういうことです。彼らに言わせれば神々は悪魔も同然なんですよ。被造物でありながら創造主を認めない。一方神々は自分たちこそが至高の存在だと自負しており、善悪も相対的なものにすぎません。  ──ソニア様、神と人間を分かつ根本的な違いは何だと思います?」  とまどって首を傾げる。 「〈神の力〉を持っているか否かでしょ?」 「いえ、そういうことではなく。ものの考え方として」 「ものの考え方……? さぁ、わからないわ」 「簡単なことですよ。『神を必要とするもの』が人間であり、『神を必要としないもの』が神なんです。神々にとっては自分たちこそが絶対であり至高である。何といっても彼らは『神』なのですから」  くす、とギヴェオンは小さく笑った。 「……宗教談義はこの辺にしましょうか。適当に聞き流しといてください」 「錬魔士(パラケミスト)というのは信仰心が篤いものだとアイザックが言っていたわ。何かを強く信じる心がなければ、錬魔術(パラケミー)を使いこなすことはできないって」 「そうかもしれませんね」 「ねぇ、ギヴェオン。あなたは神々を信じているのよね?」 「もちろん、私はアスフォリア女神を信じ、敬愛していますよ」  穏やかな返答に、ソニアはホッとした。 「……ギヴェオンって、本当はすごくプライドが高そうね。どうして家事使用人をしているの? 人に仕えたり使われるようなタイプじゃないと思うんだけど」 「そんなふうに見えます?」 「んー、今話してたら何となくそう感じたの」  はは、とギヴェオンは困ったように頭を掻いた。 「喋りすぎましたね。どうも、まだまだだなぁ」 「まだまだって、何が?」 「ああ、いえ。出口が。まだまだ遠そうだと」  何だか誤魔化されたような気がしたが、ギヴェオンは先に立ってさっさと歩きだしてしまった。  しばらくは壁に刻まれた表示らしきものを探しながら歩いていたのだが、そのうちに彼はまた足元を気にし始めた。何かあるのかと目を凝らしても、見えるのは発光粒子を含んだ床だけだ。 「それにしても不思議だわ。どうして光るのかしら。こんな石、初めて見た」  お蔭でこんな地下でも明かりに不自由しないわけだが。ソニアはそっと壁に触れてみた。かすかにざらりとした手応えはあるものの、表面はなめらかだ。 「〈神遺物(ヘレディウム)〉のひとつですよ。発光石のかけらを混ぜ込んだ煉瓦みたいなものです」 「発光石?」 「神々が創った石です。純粋な発光石は電灯よりも明るくて、しかも熱くないんです。今でも遺跡でたまに見つかりますよ」 「へぇ……。これ、地上の道路にも敷いたらいいのにね。夜はとっても綺麗よ。まるで星空の上を歩いてるみたい」 「地上に出すと光らないんですよ」  残念、と肩を落としたソニアは、ギヴェオンがまたもや足元を気にしていることに気付いた。今度は完全に立ち止まってじっと床を見つめている。 「ねぇ、さっきから何してるの? 床に何か──」  ソニアはハッと声を呑んだ。  地下通路の下にはずっと深くまで要塞都市が眠っているとさっき彼は言ったではないか。眉をひそめたギヴェオンは、ついに膝を落とした。両手を床に置き、耳を澄ますようにじっと集中する。ソニアはこくりと喉を鳴らした。 「……お嬢様」 「な、何?」 「ここ、温泉が出そうだとは思いませんか?」
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