第38話 どうやっても起きなくてね。

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第38話 どうやっても起きなくてね。

 閉じ込められた猛獣のごとく、ソニアは部屋の中を行ったり来たりしていた。長椅子やテーブルが置かれ、一見すると応接間のようだが、窓には鉄格子が嵌まっている。  正面にある格子窓は高い位置にあって外の景色は見えない。どっちにしても今は夜だ。 「……ギヴェオン、どうしたかしら」  あの男の方向音痴のせいで、よりにもよって一番近づきたくない場所へ出てしまったことには正直もの凄く腹が立った。とはいえ連行されたギヴェオンが手荒く扱われているのではないかと思うと気が気でない。 「まさか、拷問なんてされてないでしょうね……!?」  扉の鍵が鳴り、キース・ハイランデル少佐が入ってくる。閉まった扉にふたたび鍵がかけられるのを待って、彼はソニアに会釈した。 「お待たせして申し訳な──」 「わたしはテロリストじゃないわ! ギヴェオンを拷問しても無駄よ、今すぐ中止して」  開口一番がなりたてるソニアを、キースは軽く目を瞠って見返した。 「拷問などしていないが……」 「だったら会わせて! いったいどこへ連れていったの、彼はわたしの従僕(フットマン)なのよ!?」 「あなたと同じく身体検査をしただけです。一緒にするわけにもいかないでしょう」  ようやく収まっていた怒りと羞恥が再燃し、頭に血が上る。捕えられてギヴェオンと引き離されたソニアは、何故か医師と面談させられた。健康状態に関してあれこれ質問され、最後には血液採取までされたのだ。 「無事な姿を見るまでは信用できないわ。彼をここへ連れてきて」 「その前に軽く食事でもいかがですか。なんでも昼からずっと食べていないとか」  返答するようにすかさず腹が鳴り、ソニアは赤面しつつ怒鳴った。 「ギヴェオンの無事を確かめるまでは何も食べませんッ」  キースは肩をすくめ、扉を叩いて合図をした。手招かれ、後について部屋を出る。天井の高い廊下を大股に歩きながら無造作に彼は言った。 「はっきりさせておきますが、我々はあなたをテロリストだと思っているわけではない。〈世界の魂(アニマ・ムンディ)〉と無関係なことは、メンバーたちの証言で確認できました」 「だったらさっさと解放してよ」 「血液検査の結果が出たらお屋敷までお送りします。いや、顧問弁護士の事務所がいいか。とにかく、あと数日こちらに滞在していただきます」  階段を降り、別棟へ向かうキースの後をソニアは懸命に追いかけた。 「数日!? っていうか検査の結果って何よ。失礼な、わたしが病気だとでも!?」 「そうではないようですが、念のため確認を。ヒューバート卿と接触した者はすべて調べていますので、どうか我慢してください」 「何それ、まるでお兄様が危ない病気でも持ってるみたいじゃない」 「そのとおりです。正確に言えば『病』ではありませんが」 「じゃあ何よ!?」  入り口に立っていた警備兵に頷いてドアを開けさせる。キースに続いて憤然と中に飛び込むと、扉は外から鍵をかけられた。  振り向いた青年将校は低く囁いた。 「中毒ですよ」  絶句するソニアを置いてキースは奥へ歩いていく。両側に鉄格子の嵌まった小部屋が並んでいるが、どれも無人だ。  キースは一番奥の牢を顎で示した。駆け寄ると、そこには黒のモーニング・コートを着た男が背を向けて横たわっていた。乏しい灯の下でも青みがかった銀色の髪がわかる。ソニアは鉄格子にすがりついた。 「ギヴェオン……! ──少佐、ここを開けてっ」  キースは肩をすくめ、無言で鍵を開けた。ソニアは慌ててギヴェオンの横顔を覗き込んだ。光線の加減か、ひどく青ざめて見える。  出血している様子はないが、ひょっとしたら見えないところをひどく殴られているのかも……。 「ギヴェオン、ギヴェオン! ああ、しっかりして!」  肩を揺さぶり、頬をぺちぺち叩いてみる。低い呻き声が聞こえ、ホッとしたのもつかのま、ソニアは唖然とした。  それは気持ち良さそうに、ギヴェオンは寝息をたてていた。 「あなたの元へ連れて行こうとしたのだが、どうやっても起きなくてね」 「ね……寝てる……の……?」 「我々は身体検査と採血をしただけだ。拷問などしていないし、薬も打ってない」  心配の反動で頭に来たソニアは、爆睡するギヴェオンを乱暴に揺すりたてた。 「起きて、ギヴェオン。起きなさいっ」
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