第40話 拷問されたいの!?

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第40話 拷問されたいの!?

 無表情だったキースの顔に驚愕が浮かんだ。 「きみは何者だ!? 何を知ってる」 「ただの家事使用人ですよ。もう調べたんでしょ」 「……ギヴェオン・シンフィールド。きみの経歴は確認した。小学校卒業と同時に小姓として屋敷勤めを始め、以来十二年間ずっと召使として働いている。王宮にも勤めたことがあるそうだな。きみの経歴に不審な点はない。実に綺麗なものだ。綺麗過ぎるほどに」 「お蔭様で、いいご主人たちに恵まれまして」  あからさまに含みのある言い方をされても、ギヴェオンは悠然としていた。 「……いいご主人のお蔭で『擬態者(ミミック)』なんて言葉も知ってるのかね」 「そんなところですねー」  ソニアはハラハラしながらふたりの睨み合いを見守った。睨んでいるのはキースだけで、ギヴェオンはのほほんとしているが……。突然ギヴェオンは立ち上がり、鉄格子に歩み寄った。ぎょっとしたように後退るキースを、格子越しにじっと見つめる。  仕種で彼が眼鏡をずり下げたことがわかった。キースは凍りついたようにまじまじとギヴェオンを見返している。何故だかひどくショックを受け、言葉も出せない様子だ。 「ちょっと、何をしたのよ!? 妙な真似はしないでちょうだい。誤解を招くでしょ」  戻ってきたギヴェオンを小声で叱責する。 「やー、お嬢様。この人、よく見るとけっこういい男ですねー」 「何言ってるの。よく見るとなんて失礼だわ。あなたって本当に目が悪いのね!」 「そうなんですよー。ひどい乱視でして」  ごほん、と気を取り直したキースが咳払いをした。冷汗をかきながらソニアは固まったが、ギヴェオンは懲りずに図々しくねだった。 「ねぇ、教えてくださいよ、少佐ー」 「やめなさいってギヴェオン! 拷問されたいの!?」 「お嬢様だって知りたいでしょ? ヒューバート様に関係あることなんですよ」 「そっ、それはそうだけど」 「……きみはどう考えてるんだ?」  キースは探るようにギヴェオンを見る。ギヴェオンは生真面目な顔で眼鏡を押し上げた。 「推測するに、神の亡骸を掘りあてましたね?」  絶句するキースと不敵に腕組みをするギヴェオンを、ソニアは交互に眺めた。 「か、神の亡骸? 何それ」 「文字どおりの意味ですよ。〈世界継承戦争〉でアスフォリア女神軍と戦って破れた、敵軍の神々の遺体です。ごく稀にですが、今でも遺跡で見つかることがある」 「……そのとおりだ」  何を言い出すのかとぽかんとしていたソニアは、重々しいキースの答えに驚いた。 「二十年ほど前、とある未発掘の遺跡が北方で発見された。当時は北部国境紛争が膠着状態に陥っていて、その作戦行動中に偶然見つかったんだ。神の亡骸はすぐさま中央研究所に運ばれた。錬魔士(パラケミスト)たちは総力を上げて神の亡骸を分析し、遺体から霊薬(エリクシル)を創り出した」 「霊薬(エリクシル)……?」 「神になれる薬、ですよ。もちろん物真似に過ぎませんがね」  皮肉っぽくギヴェオンは囁き、表情をなくしたキースを見やった。 「確か、『神の亡骸を利用してはならない』という古い王命がありましたよねぇ? アスフォリア王国の二代目の王、女神の長男が定めた法が」 「……ああ。だが、まさかそんな実験がひそかに行われていたとは」 「神になれる薬って……、どういうこと?」  ギヴェオンの視線を受け、キースが苦い口調で話し始めた。 「霊薬(エリクシル)を投与された人間は身体能力が著しく向上する。筋力、耐久力、速度、正確さ。五感は鋭敏になるが痛みに対しては鈍くなり、自然治癒力が大幅に上がる」 「そして上位者からの命令には絶対服従。まさに理想的な兵隊ですね。彼らを投入した甲斐あって、膠着状態だった国境紛争は急転直下アスフォリア帝国に有利な形で決着した」 「……そのとおり」 「その人たちはどうなりました? 薬を投与された兵士たちは」
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