第14話 ああなっては、もう遅い。

1/3
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/162ページ

第14話 ああなっては、もう遅い。

 ソニアはぺったりと座り込んだまま身動きもできなかった。  自分が目にしている光景が信じられない。いや、理解できない。兄がいたはずの場所に、何故か世にも恐ろしい醜悪な化け物が立っている。  ちっと将校が舌打ちをした。鋭い銃撃音にソニアはようやく我に返り、無我夢中で将校の腰に飛びついた。 「やめて! お兄様を撃たないで!」  化け物の筋骨隆々とした身体に、夜会服の残骸が腐った屍衣のようにまとわりついている。信じられない──信じたくないが、あれはヒューバートなのだ。  将校は鬱陶しそうにソニアを払いのけた。 「ああなってはもう遅い」  ふたたび銃声。肩に当たり、ほんの少し怪物はよろけた。だがそれだけだった。まったくダメージを負った様子もなく、こちらに向けて足を踏み出す。ずたずたになった革靴の名残がわずかにひっかかっていた。  将校は狙いを定め、続けざまに引き金を引いた。すべて身体の真ん中に命中する。怪物の歩みは止まらない。将校は銃を投げ捨て、腰のサーベルを引き抜いた。その刀身に指を走らせながら凛とした声を上げる。 「女神アスフォリアの御名において神威を招請する!」     
/162ページ

最初のコメントを投稿しよう!