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第14話 ああなっては、もう遅い。
ソニアはぺったりと座り込んだまま身動きもできなかった。
自分が目にしている光景が信じられない。いや、理解できない。兄がいたはずの場所に、何故か世にも恐ろしい醜悪な化け物が立っている。
ちっと将校が舌打ちをした。鋭い銃撃音にソニアはようやく我に返り、無我夢中で将校の腰に飛びついた。
「やめて! お兄様を撃たないで!」
化け物の筋骨隆々とした身体に、夜会服の残骸が腐った屍衣のようにまとわりついている。信じられない──信じたくないが、あれはヒューバートなのだ。
将校は鬱陶しそうにソニアを払いのけた。
「ああなってはもう遅い」
ふたたび銃声。肩に当たり、ほんの少し怪物はよろけた。だがそれだけだった。まったくダメージを負った様子もなく、こちらに向けて足を踏み出す。ずたずたになった革靴の名残がわずかにひっかかっていた。
将校は狙いを定め、続けざまに引き金を引いた。すべて身体の真ん中に命中する。怪物の歩みは止まらない。将校は銃を投げ捨て、腰のサーベルを引き抜いた。その刀身に指を走らせながら凛とした声を上げる。
「女神アスフォリアの御名において神威を招請する!」
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