12人が本棚に入れています
本棚に追加
/162ページ
若い将校は銃を下ろした。うつむいて嗚咽を上げているヒューバートを感情のこもらない瞳で見つめ、一歩踏み出す。
そのまま彼は固まった。兄の嗚咽に耳障りな異音が混じり始めたことに気づき、ソニアは息を詰めた。
嗚咽は次第にひしゃげた濁音まじりの呻き声へと変わり、やがてゲフゲフと苦しげに咳き込み出した。ソニアは兄の側に這い寄ろうとしたが、気付いた将校が前に立ちふさがってしまう。
黒革の長靴を押し退けて前へ出ようとして、兄がただ噎せているわけではないことに気づく。
頭の上で金属音が響いた。見上げると将校が一度はしまった銃をふたたび手にして撃鉄を起こしたところだった。
反射的に飛びつこうとしたソニアは、ひときわ高い呻き声にびくりと身をすくめた。それはもう呻き声というより唸り声だった。
ぐるる、と喉を鳴らす獣の唸りだ。兄の身体が急に一回り大きくなったような気がする。
気のせいなどではなかった。限界まで張りつめた夜会服の布地が悲鳴じみた音をたてて裂ける。
小山のように盛り上がった肩が荒々しく上下し、兄の顔はすでにその面影をなくしていた。
耳まで裂けた口から鋭い牙と真っ赤にうねる舌が覗いた。
最初のコメントを投稿しよう!