カレー日和

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――金曜日―― 「今日は絶好のカレー日和だな!」 相棒の佐藤代和(さとう としかず)が言う。 僕らは民間企業が打ち上げた宇宙ステーションにいた。 だから、カレー日和もへったくれもあったものではないのだが、長期間に渡るミッションがここまで平穏無事に進んでいるのは、一見能天気とも思える、この男の少々のことでは動じない性格による部分も大きい。 佐藤は海軍出身で元哨戒機のパイロットという経歴を持っていた。海軍では毎週金曜日にはカレーを食べるのが伝統となっている。これは長い海洋での任務中に曜日感覚を失わないために、始まった伝統だという。 その伝統を佐藤が持ち込み、僕はそれに付き合う形で、毎週金曜日にカレーを食べる習慣を始めたわけだが、24時間という1日の区切りすら曖昧となる宇宙空間において、生活リズムを作るために何らかの起点があることは意外と悪くないと感じるようになっていた、 「ああ……そうだな。」 僕がややあきれたように返事を返すと、佐藤は言った。 「見てみろよ、今日はどの地方も雲1つない快晴だ!」 窓から外を見ると、僕らがいる宇宙ステーションが、ちょうど僕たちの国の上空を通過するところだった。佐藤の言う通り、確かに雲1つない。 「きっと、どこも暑くなっているはずだ。こんな日は辛いカレーがぴったりだ!」 なるほど、強引と言ってしまえばそれまででだが、そう考えれば、眼下に映る地球の見方も変わってくる。地上にいる方々が今、どのように生活しているのか、それを想像しながら地球を見てみるのはなかなか楽しいものだ。 僕は佐藤の考え方に感心しながら、カレーを口に運ぶのであった。 ――日曜日―― 宇宙ステーションでは基本的に日曜日は休暇に充てられている。毎日の日課である健康診断と、朝食後の筋力トレーニングを行ったら、後は自由時間だ。 僕が個人的なメールのやり取りなどをしながらくつろいでいると、突然警報が鳴り響いた。 「なんだ?」 僕らは急いで宇宙ステーションの管制室に向かった。地上管制センターとの通信がつながると、深刻な面持ちで地上管制官が言った。 「衛星軌道上でロケット爆発事故発生」 「ロケット爆発事故発生、了解。」 「デブリ衝突の可能性があるため、現在軌道上昇中。」 「軌道上昇、了解。」 すでにスラスターが点火し、宇宙ステーションは加速中であるらしい。宇宙ステーションの軌道制御は搭乗員によるマニュアルでも可能であるが、基本的には地上管制室からの遠隔制御で行っていた。 「デブリ到達予測時刻は45分後、10時15分頃の見込み。」 「45分後デブリ到達、了解。」 「万が一に備えて、与圧服の装着を進めてくれ。」 「与圧服装着、了解。」 さて、ここから大忙しだ。僕らは手早く排泄を済ませると、冷却下着を着用し、お互いに手伝いながら与圧服の着用を進めた。 与圧服とは帰還カプセルで地上に戻る際などに、万が一の事故防止のために着用する、周囲の酸素が無くなっても生存可能な生命維持装置を備えた服である。僕らは30分ほどかけて、与圧服に着替え終わると、再び管制室のコンソール前に戻った。 「万が一に備えて、各エアロック閉鎖作業を行ってくれ。」 「エアロック閉鎖、了解。」 最大で2mほどにもなるエアロックを閉めるには、埃が噛むことでエア漏れが生じることを防ぐために、シール部を丹念にふき取る必要がある。デブリ到着予想時間まであと10数分、僕らは、宇宙ステーション前部と後部に分かれて、手早くエアロック閉鎖作業を行った。 エアロック閉鎖作業を完了させると、僕らは地上管制塔の指示を仰いだ。 地上ではレーダーを使ったデブリの把握と軌道計算が行われていたが、数が多すぎるため、まだ確定状態には至っていなかった。某国が打ち上げた月面探査機を積んだロケットが、2段目のロケット切り離し時に燃料漏れ事故を起こし、爆発したとのことであった。 爆発は僕らの宇宙ステーションがある軌道より下で発生しており、現在軌道を上昇させて緊急回避行動中であることから、大きな破片が衝突する可能性は低いとみられていたが、依然として予断を許さない状況下にあった。 ――ゴッ! 何かがぶつかったような音がわずかに船内に響いた。 それと同時に、宇宙ステーションの前方にある実験棟の気圧がみるみる下がりはじめた。 嫌な予感がする……僕は船外カメラの画像を見た。 そこには裂けたような大きな穴の開いた実験棟が映っていた。原形はかろうじてとどめていたものの、もはや修復不能だろう。 地上の管制室でも、宇宙ステーションから事故の様々な状況が伝わり、にわかに忙しくなっていた。しばらく議論が交わされた後、結論が伝えられた。 「急いで帰還モジュールに移って、帰還準備を進めてくれ。」 「帰還準備、了解。」 一旦閉じていた帰還用モジュールのエアロックを開いて、帰還モジュールに移った。 既に僕たちは与圧服を着用していたから、帰還にはさほど時間はかからない。僕らは帰還モジュールのエアロックを閉め、エア漏れのチェック作業に入った、 地球を一回りして、次にスペースデブリが存在すると思われる宙域に到達するのはおよそ90分後、11時45分頃だ。30分間でエア漏れのチェックを行い、宇宙ステーションからの切り離しと帰還作業に移れば、間に合う計算だ。 左前方側面からデブリが衝突した関係で、やや宇宙ステーションの軌道がずれたが、帰還の予定地はこのままいけば公海上と予想され、問題はない。 帰還モジュールは枯れた技術、はっきり言ってしまえば何十年も前に完成されたローテクノロジーで設計されている。それゆえに信頼性が高く、僕らの所属する民間の宇宙開発企業における生還率は100%を記録していた。 緊急帰還を行ったケースはこれまで無かったものの、そんなこともあって、僕らは思わぬ事故に驚き緊張しながらも、帰還に関しての不安はあまり感じていなかった。 だが……。 「だめだ。」 帰還モジュールの気圧計を見て僕は思わずつぶやいた。それに気がついた佐藤がすかさず管制室に状況を伝えた。 「帰還モジュールの気圧低下。帰還作業をキャンセルして、外装のチェックを行う必要があると思われます。」 帰還モジュールは生命に関わる大事なユニットであり、真空中でのリークテストなど、その安全性について厳重なチェックが行われている。ここで、帰還モジュールに気圧の低下が認められたということは、外装のどこかに穴が開いている可能性が高い。つまり、大気圏突入時の高熱に耐えきれずに、バラバラになってしまう可能性があるということだ。 「帰還シーケンスを中断。船外ロボットを使って、外壁の調査を進めてくれ。」 「帰還モジュール外壁チェック、了解。」 帰還が危ぶまれる状況になって、佐藤も内心は穏やかではないはずだが、それでも淡々と地上の管制室と交信を行った。僕は突如として宇宙ステーションを襲った事故に、緊張のため脈拍が上がっていたが、佐藤が決して慌てたそぶりを表に出さずに対応を続けるのを見て、僕も極力平静を装って与えられた任務をこなすことに決めた。 船外ロボットは基本的にこちらから指示を出せば、後はロボットに搭載されたAIが自律的に作業を行う仕組みになっている。僕らは再び管制室に戻って、船外ロボットに帰還モジュールのチェックを行うための指示を出した。 間もなく、2度目のデブリが接近する時刻になる。1度目の衝突によって、実験塔がほぼ全機能を失うことになったが、その他の機能については現在の懸念事項である帰還モジュールのエア漏れを除いて今のところ正常に動作していた。 問題はデブリの衝突により、宇宙ステーションの速度が低下し、前回のデブリ接近時より、やや高度が下がっていることだ。ロケットの爆発は僕らのいる宇宙ステーションより下の軌道で発生しているため、デブリの衝突の可能性が相対的に高まることになった。 ただ、爆発によってロケットの破片は四方八方に散らばっており、密度が低下したことから、先程よりは衝突の危険性が少し低下している事が救いだった。 「とりあえず、危険領域を通過したら、内部から帰還モジュールのチェックを行おうか。」 「そうだな。」 帰還モジュールの推進部に損傷が出ている可能性が脳裏をかすめたが、僕はそれを口には出さずに佐藤の意見に同意した。 幸いにして、2度目のデブリ衝突はなかった、少なくともそのような症状は見られなかったと言うべきであろうか。 僕と佐藤はエア漏れを探知する装置を持って、帰還モジュールへと移動した。帰還モジュールは大人3人が向かいあって入れる程度の小さな空間であり、損傷個所の発見にはそれほど時間を要しないだろうと僕は思っていた。 「あった。」 帰還モジュールに入り込むや否や、佐藤はあっという間にエア漏れが起こっていた場所を特定した。見ると、そこには赤い羽根が張り付いていた。どうやら佐藤は管制室に戻る際に、帰還モジュールの中に数枚の赤い羽根を放しておいたらしい。 「なるほど、さすがだね。」 僕がそう言うと、佐藤は嬉しそうにほほ笑んだ。アナログな方法ではあるが、わずかな空気の流れを捉える方法としては優れている。あの状況でとっさにこんな方法を思いつくのはさすがだと、僕は感心したのだった。 佐藤はパテとテープを取り出し、補修作業を始めた。僕はその間に管制室に戻り、船外ロボットに該当箇所の状況をチェックさせる指示を出した。 損傷個所があっさりと見つかったことから、僕らは定時の12時を少し過ぎたころには、昼食を摂ることが出来た。もちろん、緊急時であるから、いつもと違う管制室での食事となったが、こうした時でも、いや、こうした時であるからこそ、きちんとした食事をきちんとした時刻に摂れることはありがたかった。 食事を終えると、僕らは帰還モジュールのエアロックを閉め、再度のエア漏れをチェックした。どうやら、エア漏れはない。まだ外装の修理が終わっておらず、すぐさま帰還が出来るわけではないが、とりあえず帰還が絶望的にならなかったことで、望みがつながった。 そうこうしているうちに、船外ロボットが帰還モジュール外装の状況について、情報を送ってきた。帰還モジュール内部に開いた穴は2ミリ程度と小さかったが、耐衝撃性を持たせた外装にはデブリの衝突により、数センチほどのくぼみが出来ていた。 「外装パネルを溶接する必要がある。」 管制センターからの指示はこうだった。外装パネルに出来た穴を溶接で塞ぎ、補強用のパネルをさらに溶接で取りつけるという手順である。 さすがにこの作業は船外ロボットでは出来ない。すなわち、船外作業を行う必要があるということである。この作業は宇宙服の装着から、船外活動を含めて1日がかりの大作業である。 このころには、地上、そして宇宙空間からのレーダー探査により、爆発したロケットから飛散したスペースデブリの軌道について、主だったものの計算が完了し、国の宇宙開発事業団を通して情報が伝えられていた。依然としてスペースデブリ衝突の危険性はあるものの、壊滅的な打撃を及ぼす可能性のある大きなデブリが接近する可能性は少ないという結果となった。 僕らは就寝までの間、明日行う作業について、地上の管制センターと打ち合わせを重ね、何度もシミュレーションを繰り返した。 ――月曜日―― 命に関わる大事故が発生した直後だけに、昨晩は眠れるかどうか不安であった。 だが緊張の連続で疲労は確実に蓄積していたため、きちんとした睡眠をとれないと、思わぬ事故につながる。そのため、僕らは睡眠導入剤を使用することにしたのだった。興奮状態が収まれば、あとは身体の疲労が勝手に肉体を睡眠に導いてくれた。気が付いたら、朝だった。 朝食に集まると、佐藤もぐっすり眠れたようで、表情もすっきりしていた。僕らは毎朝の健康チェックを終わらせると、食事を摂り、今日のミッションの準備を始めた。 宇宙服を着用し終えたからといって、すぐに作業に取りかかれるわけではない。宇宙服の内部を宇宙ステーション内部と同じ1気圧にすると、パンパンに膨れ上がってしまい、身動きが取れなくなってしまう。そのため、宇宙服内部は0.4気圧程度の低い気圧に保たれ、そのかわり酸素濃度を100パーセントとして、酸欠になることを防いでいる。 一方、気圧を一気に下げると、血液中に溶け込んでいた気体が気泡となって、血管を詰まらせる可能性があるため、宇宙服を着用して活動する前に、気圧を下げた環境に身体を慣らす必要がある。そのため、前日から宇宙ステーション内の気圧を徐々に低下させ、現在は0.7気圧、酸素濃度100%の状態で維持されていた。さらに宇宙服を完全に着用してから0.4気圧で1時間、その環境に身体を慣らした後、エアロック内で真空下に入り、船外活動に出ていくことになる。 午後、佐藤は冷却下着を着用し、宇宙服の装着を始めた。僕は佐藤の宇宙服着用を手伝ってやると、管制室へと移動して、佐藤をサポートする体制に入った。 宇宙服を着用してから1時間、モニターに映る佐藤の健康状態に異常はない。佐藤はエアロックを開けるとその内部に移動した。エアロック内の空気が抜かれ、真空状態になると、宇宙服の機密性について最終チェックを行い、佐藤は船外に出て行った。 管制室のモニターには船外カメラが捉えた佐藤の姿が映し出されていた。 僕も佐藤も、船外活動の訓練は受けていたものの、実際に行った経験はない。そのため、初めて宇宙空間で活動することになった佐藤の動きは、最初は少々ぎこちなかった。だが、やがてコツを掴んだのか、目的の帰還モジュール外壁に取りついたころには、だいぶ滑らかな動きに変わっていた。 帰還モジュール外壁の修理はアーク溶接で行う。船外作業用に作られたアーク溶接機は、細かい作業が出来ない宇宙空間で、経験がなくとも問題無く溶接作業が行えるように工夫されていたが、それでも足場が無い宇宙空間での作業はかなりの困難が伴う。 佐藤は溶接時に発する強い光を防ぐためのバイザーを下ろし、溶接作業を始めた。まずは、船体に開いた穴を埋めるための溶接からである。 僕は佐藤の宇宙服に装着されたカメラが捉えた映像を管制室のモニター越しに見ていた。溶接によって発した強い光で、モニターが白く反転すると、やがて一瞬、真っ暗になり、再び船外の様子を捉えた時には、既に船体に開いた穴はきれいにふさがっていた。 地上の管制センターもその映像を見て、仕上がりに満足したようだ。 「穴の溶接に問題なし。補強パネルの溶接に移ってくれ。」 「補強パネルの溶接、了解。」 佐藤はいつものように淡々と答えると、補強用のパネルを修理個所にあてがい、溶接作業に移ろうとした。 「――っ!」 管制室のスピーカーを通して、佐藤の声にならない声が聞こえてきた。 「どうした?」 「問題ない。作業を続行する。」 一瞬嫌な予感がしたが、佐藤の宇宙服が送ってくるデータに異常は見当たらない。佐藤の動きにもよどみがなかったので、やがて僕はこのことを忘れていた。 補強用のパネルの溶接も無事にこなした佐藤は、帰りの足取りも軽く、再び宇宙ステーションの中に戻ってきた。 エアロックを通って帰還した佐藤を僕は出迎えた。佐藤の宇宙服を脱ぐ作業を手伝っていると、僕は佐藤の異変に気がついた。佐藤の白い冷却下着の左腕に大きな赤い染みが出来ていたのである。 「これは?」 「ああ、一瞬刺すような痛みが走ったから、どうしたのかと思ったけど、血が出ていたのか。」 どうやら、小さなデブリが佐藤の腕を直撃したらしかった。慌てて患部を確認すると、幸いなことにデブリは佐藤の身体を貫通したと思われ、腕の2か所に小さな穴のような傷があった。出血はすでに治まっており、経過を見守る必要はあるが、今のところ自然治癒に任せて大丈夫なようだった。 「いやあ、帰還モジュールにデブリが直撃しないで良かったよ。」 佐藤は自分が盾になることで、帰還モジュールへのスペースデブリ直撃が避けられたと冗談交じりに言い、こう続けた。 「他にも外壁に異常がないか、確認した方が良さそうだね。」 確かに、佐藤に直撃したような微細なデブリの衝突が続いているのだとしたら、帰還モジュールの外壁が致命的な損傷を受けている可能性がある。僕は管制室に戻ると、船外活動ロボットに帰還モジュールの外壁をチェックするよう、指令を出したのだった。 ――火曜日―― 地球上にはポイント・ネモという場所がある。全ての陸地から最も離れた位置にあり、使われなくなった人工衛星を安全に落下させるために良く利用される場所だ。 僕たちは、この宇宙ステーションがポイント・ネモに落下する軌道に乗せた後、帰還モジュールを切り離し地球に帰還するということになった。 帰還カプセルの落下予定位置は、ポイント・ネモからだいぶ北に上った、北半球の赤道付近となった。すでに帰還カプセルを回収するための艦艇が現地に向かったと、地上の管制センターから連絡があった。 帰還モジュールに異常が発生したことから帰還が遅れたわけだが、宇宙空間にこの巨大な宇宙ステーションを置き去りにしたまま、地球に帰還して、その後宇宙ステーションが制御不能に陥るなどという事態になったら後味が悪い。きちんと後始末をしてから、宇宙ステーションを去ることが出来て、結果的には良かったのかもしれないと僕らは話した。 ――水曜日―― 昼食を済ませると、僕らは冷却下着を着用し、お互いに手伝いながら与圧服を着用した。そして、帰還モジュールに移るとエアロックを閉じ、帰還モジュールのエア漏れのチェックを始めた。 「気圧計に異常なし。」 エア漏れについては、これ以前に何度もチェックしていたから、大丈夫なはずであったが、やはり安心した。 ――ゴトッ! 鈍い音がして帰還モジュールが宇宙ステーションから切り離された。帰還モジュールは反転してスラスターを噴射すると、一気に高度を落としていった。反転時に一瞬、帰還モジュール内に設けられた小さな窓から、宇宙ステーションとその実験棟に開いた大きな穴が見えた。 やがて帰還モジュールからスラスターの噴射を終えた推進モジュールが切り離され、帰還モジュールのみとなると、後は自然落下で地球に落ちていくのを待つばかりとなった。 窓がオレンジ色の光に包まれると、僕らの体は強烈なGにより、シートに押しつけられた。高度計が示す数値がどんどん小さくなっていき、数分後、パラシュート展開を告げる警報が鳴った。次の瞬間、衝撃と共に帰還モジュールが大きく揺れた。 しばらく続いた揺れが収まると、帰還モジュールの回収に向かっていた艦艇から飛び立ったヘリコプターから、僕らの帰還モジュールを目視で確認したとの通信が入った。 間もなく着水だ。海面ギリギリで帰還モジュールは逆噴射を行い、フローターを展開した。 しばしの静寂が訪れた。僕らは無事に地球に生還出来たことを喜んだ。そうしているうちに、僕らの位置を確認したヘリコプターから、回収用の艦艇はあと1時間ほどで到着すると連絡が入った。 僕たちは連日続いた緊張感から解放されて安心したのか、迎えの船が到着するまで、自然と眠りに落ちていた。 ――金曜日―― 僕と佐藤を乗せた船は、熱帯に位置する島へと向かっていた。 昨日は大変だった。無重力状態に長くいたことで、僕たちは重力に逆らって足を上げるという動作を忘れており、まともに歩くことも出来ずにいたのだ。 未だに不自由を伴う身体に苦戦しながら、僕と佐藤は船の食堂で昼食を食べていた。実は椅子に座っている間も、おしりに圧迫感があり、決して楽とはいえない状況だった。 窓から差し込む熱帯の強い日差しに目を細めながら、佐藤が言った。 「今日は絶好のカレー日和だな!」
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