0人が本棚に入れています
本棚に追加
9
翌日、東京で買ったクッキーを持って職場へ向かう。バターの香りが食欲をそそる。大きな工場だから全員には配れないのが残念だ。この美味しさを皆に教えたい。
「帰ってきました。これ、お土産です」
「おおーいっぱい買ってきたなぁ! 一番は俺だな。いただくぞぉ」
休憩室のテーブルに置くと、五郎さんが真っ先に持っていってしまった。その様子を見て、次から次へと「いただきまーす」と、皆がクッキーに手を伸ばす。嬉しそうに食べてくれるとこちらも嬉しくなる。
「五郎さん早いですね。そんなに急がなくてもたくさんありますよ」
「いやぁ、俺は七人兄弟だから早く取らんとなくなると思っちゃうんだよ。食べ物のことになると優しい兄貴が鬼の形相になったなぁ。怖い怖い」
五郎さんは腰掛け椅子に座ってもぐもぐと口を動かしている。七人兄弟か、僕は一人っ子だから想像がつかない。
テーブルに並べられたお菓子は休憩に入った順に一つ、また一つとなくなっていく。しかし、クッキーはまだまだ残っている。この調子だとかなり余りそうだ。
ちらりと五郎さんさんの様子を見る。じっとお菓子を見つめている。もしかして足りないのだろうか。どう見ても物足りなさそうな顔をしている。
「余ったら残りはあげますよ」
「おっ、そりゃ本当かい?」
「はい。家族の分のお菓子は別に買ってあるんで」
「それじゃあ、ありがたくいただこうかね」
五郎さんはお菓子を貰えるかもしれないと知ってウキウキしている。彼は感情が表に出やすいから、とても好ましい。非常に人間らしいといえる。
最初のコメントを投稿しよう!