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海沿いにさしかかると、潮の香りが車内にながれこんできた。目的のなかった僕は、誘われるように両浜(モロハマ)駅で下車することにした。
何十年ぶりに訪れた両浜駅は、最近改装されたばかりのようで、小さな染み一つない、白い外壁が異常なまでに眩しい。
正午をすぎていた。首回りが汗ばんでいる。ウェザーニュースで予想気温が18℃だった。たしか4月中旬並みだとかいっていた。
「……4月……4月……4月は最も残酷な月……か……」
『4月』というと、どうしてもエリオットの詩を思い出してしまう。
駅からまっすぐに西へ向かう。鉄路と平行して敷かれている旧街道を渡り、そのまま松林の林道を抜けると、コンクリートで整備された巨大な堤防にでる。
坂をあがり堤防の上に立った。まっさきに地上に飛び出してしまった、一本の土筆のような気分になった。
見渡せば、南へ西へと弧を描き、どこまでもつづく砂利浜を一望できる。南端は工場地帯の煙突群から、西端は半島の先端まで、霞んでしまってよく見えなくなるほどまで眺望できる。
風は強いが、冬場の奮迅のごとき荒々しさはない。寧ろやさしい。海上でほどよく冷やされた海風が、首回りの汗を拭い去ってくれていた。残酷どころか心地よい。
堤防の反対側の坂道を下り、幅20mほどの砂利浜に降り立った。波打ち際が浜の起伏に邪魔されてまだ見えない。大小様々な石ころに足をとられつつ、僕は波打ち際へ向かった。
青、青、青、海と空と太陽がまるでしめしあわせたかのようにグラデーションをつくっている。白波があがる、引き潮に砂利が巻かれるたびに、ジャラジャラジャラん、ジャラジャラジャラんと、星のように輝く無数の小石が、擦り洗われ音をたてる。
しゃがんで耳を傾ける。躓くことなく繰り返される、子守唄のような波音に目を閉じれば、やさしさに甘え、無為を試みたくもなる。
ああこのまま心音と波長が合えば、僕も波音にとけてしまえるだろうか。 どうにかしてこの青い波音になれないものか。静かにそして偶然、忘れ去られることはできないだろうか。ほんとうに最初からなにもなかったかのように。跡形もなく波音にとけて…
そこに羽音がし、数羽のカラスの鳴き声が迫った。僕はハッとし目覚めた。
立ち上がり西へと向かった。踏みこむたびに石ころがゴロんと鳴り、転がる。大きさはバラバラだが、どの石も皆、角がとれ、安穏とした表情をしている。
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