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男は今年で35歳になるが、恋人もおらず、親友と呼べる存在もなく、孤独な生活を送っていた。
唯一の趣味は映画鑑賞で、年間で300本くらい映画を観て、その感想をブログに発表しており、それなりの数の読者がついていることが男の密かな自慢だった。
ある休日、ずっと楽しみにしていたスパイダーマンの新作が公開初日を迎えたので朝一番に観てきた男は、スパイダーマンになったつもりで意気揚々と街中を歩いていた。
男はいい映画を観た後はその映画の世界にはまり込んでしまい、その映画の主人公のような振る舞いをすることがよくあった。
ある古めかしい喫茶店の店先で、店主が箒を軒先に向かって振り回していた。
「何をしているのですか?」
男が気になって尋ねると、店主はこう答えた。
「蜘蛛を退治しているのさ。まったく、忌々しい」
軒先には立派な蜘蛛の巣が張り巡らされていたが、店主の振り回した箒によって壊され、蜘蛛が落ちた。
背中に赤い模様のある蜘蛛だった。
店主が箒を蜘蛛に振り下ろしたそのとき、男はとっさに蜘蛛の前に身体を投げ出していた。
店主の箒が男の背中を打つ。
「あんた、何をしとるんだ!」
「この蜘蛛、私にくれませんか?」
男はあっけにとられる店主に言い残すと、赤い模様のある蜘蛛を手の平にすくい上げ、その場を立ち去った。
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