蜘蛛の恩返し

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 指先が赤い、と思ったら糸だった。男の指先から赤い糸が出ていた。引っ張ると赤い糸はどこまでも伸びた。糸は間違いなく男の指先から出ていた。左手の薬指だった。  スパイダーマンの指先から出る強靱な蜘蛛の糸とは違って、男の指先から伸びる糸はだらんと伸びるだけで、何の役にも立たなかった。  邪魔だな、と思うものの、切ってしまう気にもならず、そのままにして過ごしている内に、糸はどんどん伸びた。  奇妙だったのは、職場の同僚も道行く人も、男の指先から出る糸の存在が見えていないことだった。  同僚とは仕事以外の会話をするような仲ではなかったが、それでも指から赤い指をだらんと垂らし続けていたら誰かしら指摘してくるはずだった。でも誰もそのことに触れないどころか赤い糸に視線を止める様子もない。誰にも見えていないと考えるのが普通だった。
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