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実家の近所に、一人暮らしのおばあちゃんが住んでいた。子供の頃、一人で道路で遊んでいると、よく家の中へ招き入れてもらい、お菓子やジュースをごちそうになったものである。幼き日の、いい思い出だ。そのおばあちゃんの家の茶の間に、一枚の、額に入った絵が掛かっていた。テレビの横の、茶箪笥の上の辺りだ。鞠やお手玉が周りに転がる中、和服を着てちょこんと座布団に座る、5才位の少女を描いたその油絵が、今でも強烈に印象に残っている。おばあちゃんとの会話に飽きてくると、そっちは上の空とばかり、ただひたすら、その少女の油絵を見つめていた。子供ながらにして、その位、その絵に魅せられてしまっていたのである。それが、つい最近、暫くぶりに実家に帰った時のことである。
母親が、
「あのおばあちゃんさ、一月ほど前に、亡くなっちゃってね」
「えっ、マジで」
「ほら、誰も身寄りがいないじゃない、だからあの古い家、今度取り壊されるらしいのよ」
あの絵のことが、不意に頭をよぎった。あの絵はまだ、茶の間にあるのだろうか。
「ね、それ、いつよ」
「えーとね、解体業者から来た紙が確かその辺に・・・、あっ、18日だわ、だから次の金曜ね」
その日は日曜だった為、月、火、水、木と、自分の頭の中は、あの油絵一色になってしまった。あの絵が欲しい、どうしても欲しい、もしもまだあそこに残っているのなら、絶対に手に入れたい。その、突然溢れ出てきた思いは、仕事も手につかなくなる程だった。柱や畳や便器と一緒くたにされ、ただの廃棄物になるのを黙って見ているのは忍びない。金品が欲しいわけではない、自分はただ純粋に芸術に惹かれ、それを求めているのだ。自分を最終的にそう納得させ、木曜の夜、仕事が終わると、買ったばかりの車を走らせた。
近くのコンビニに車を停め、実家にはもちろん寄らずに、人目につかない様細心の注意を払いながら、おばあちゃんの家の敷地内へと、足を踏み入れた。幸いにも、裏口の戸の鍵はかかっていなかった。全身を黒っぽい服で統一した自分は、暗闇にひっそりと不気味に佇む建物の中へと、侵入していった。
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