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皮肉っぽい言葉だったけれど、結衣は笑った。結局、校舎裏に猫はいなかった。しかし私と結衣は着実にお互いに他人に立ち入らせない部分に、自然に触れるようになっていった。
学校指定のコートが必要になる頃に、噂が流れ始めた。その無責任な流言は私をクラスの中でよりいっそう孤立させた。音楽科きってのエリートと特進科の落ちこぼれが火曜日の音楽室で淫行に耽っていると。放課後、私が不本意なデマを結衣に話すと、彼女は声を上げて笑った。
「想像力がたくましいね。曜日の指定が生々しい」
「笑いごとじゃないよ。私が結衣のピアノが聴けなくなったら、学校に来る意味なくなっちゃう」
「そんな不純な動機で学校に来ているの?」
結衣が私の顔を覗き込むと、私は頷いた。私たちは無用の誤解を避けるために火曜日には会わないようにした。私と結衣の関係は低俗な中傷を言う輩どもにはわかりっこない。意味がわからない退屈な授業、下世話なクラスメイト、冷たい教師たち。結衣は私のひとすじの光だ。そして今なら言えることを口にする。
「眼鏡、外さないの?」
「少なくとも、高校時代は外さないって決めたんだ」
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