第1章

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 とにかく帰ろう。私は重いスクールバッグを担ぎ上げるように肩にかけ、教室を後にした。暗い気持ちで階段を下りながら、自分の薄汚れた上履きを見ていると、かすかにピアノの音が聞こえてきた。まず私は自分の耳を疑った。きっと幻聴だろう、と。学校が閉るまであと十分。補講があるわけでもないし、誰かが残っているはずがない。しかし聞こえてくるその音は一向に鳴りやまない。三階まで下りると、鮮明に聞こえてくる音楽。三階には音楽室がある。そこで誰かがピアノを弾いているのだとわかると、ピアノを弾く主のところへ私は早足で向かった。  開け放たれた明りの点いていない音楽室から力強い音色が響いている。まるで指よ、折れよ、と言わんばかりの激しい音楽。ピアノは打楽器であることを思い出させる。これは一体なんの曲だろう。ロックのようにも聴こえる旋律に、私は身震いした。そして私はドア越しにその音楽に耳を、いや身体ごと傾けた。魔法にかかったように私の身体は、そのピアノを弾く主に奪われた。いつの間にか静寂が横たわり、私は我に返り、ドアから身を乗り出した。 「なんていう曲?」  私は開口一番にこう言った。ピアノを弾いていた女生徒は驚いたように、ピアノから手を離し、そして鍵盤に落とされていた顔を私に向けた。しかし彼女の眼鏡に色が着いていて視線が見通せない。私は変だなと思いつつ、制服のリボンタイが青なので音楽科の生徒かとわかった。しかし音楽科の生徒がいったい何で一般棟でピアノを弾いているのだろうか。色眼鏡といい謎が多い。 「『熱情』」  彼女が戸惑っているのが私にはわかった。そして制服のポケットからハンカチを取り出し、私に渡そうと歩み寄って来る。 「使って」     
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