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そう言って結衣はグランドピアノの蓋を閉めた。私は珍しい結衣の行動に、視線を向けざるをえなかった。
「私、ドイツに行くよ」
「え?」
「今月、学校辞めてドイツに行って、勉強することにした」
突然なことで言葉を失った。結衣がいなくなる、ということだけが私の現実から遠く離れたことのように、思った。そして結衣はうつむいたままだった。彼女のその姿は痛々しく感じたし、長い沈黙が息苦しく、私は音楽室の外に目をやった。結衣を見つめずに、何ごともないような口ぶりでしか私はものが言えなくなっている。乾いた口をようやく動かす気になったのは、ずいぶんと経ってからだ。
「そっか」
「それだけ?」
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