第2章

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 結衣の言葉はとげとげしかった。でも私に何が言えるだろうか。いなくなっちゃうなんて嫌だ、寂しい、私を忘れないで。そんな常套句を結衣が欲しているとは思えなかった。私のなかには哀切とともに、もっとどす黒い、吐き気がするような感情が渦を巻く。私は結衣に見捨てられるのだ。クラスメイトや教師や両親と同じように。私は結衣のなんだったのだろうか。友人。それ以上の意味はなく、ただほんのひと時だけの人間。それだけ、と結衣に言われる筋合いなど、私にはない。私がどれだけ結衣のことで心を痛めたか。どれだけ大事にしようと思ったか。でもすべては水泡に帰したのだ。だって結衣は逃げるようにドイツに行ってしまうのだから。私の考えなど、幼稚な絵空事だとあざ笑うように。  そんなすべての言葉を飲み込んだ。私に何かを求めるならば、結衣、あなたが私に特別を見せて。 「じゃあ、眼鏡を外してよ」  震える小さな声で言うと、結衣が私の方を見た。結衣の視線は私には見えない。 「外してよ!」  声を荒げて、私は結衣に詰め寄った。眼鏡を外さないのなら、殴ってでも無理やり眼鏡を外してやろうと私は思った。しかし結衣の胸倉を掴むと、違う考えが頭によぎる。奪え、奪ってしまえ。結衣の初めてを。私のなかの怪物が囁く。私は結衣の特別を剥いでしまいたい。そう思ってくちびるを結衣のそれに強引に押しつけた。私の初めてのキスは柔らかさなどみじんも感じさせない。くちびるの下にある歯の硬い感触。ぶつけるようなキス。強引で一方的なくちづけに満足すると、私は彼女を突き放し、口をぬぐう。 「裏切り者」  尻もちをついた結衣を見下して、私はそう吐き捨てた。結衣の目は私を見ていたのか、それすらわからないまま、音楽は終わった。秘密の森は死んだのだ。
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