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花言葉は秘密の恋
店員は困惑していた。
完璧に無視もできず、かといって得意の接客スマイルでぐいぐい攻めるわけにもいかず。
客の前だというのに、ただ冷や汗をかきながらエプロンの裾を掴んでいることしかできないなんて、この小さな花屋に就職して以来初めてのことだった。
「その・・・お客様。よろしければ、ご希望に合わせ見繕わせていただきますけども・・・」
仕事なのだ。くじけるな自分。なけなしの根性を総動員だ。なせばなるなさねばなら何事も!
意を決して拳を握りしめ顔を上げたのはよかったのだが。
「チッ」
泣く子も黙りそうもな眼光に舌打ちをもらい、再び沈黙の徒と化した後に素早く店の奥へと引っ込まざるを得なかった。
太陽は中点を指す今は真昼のランチタイム。色とりどり、国籍様々な花たちが所狭しと並ぶ店内に客はたったひとり居座るのみだ。制服の詰襟を窮屈そうに着崩した猫背が眉間の皺を刻み付けるように深めながらあちこちへと視線をさまよわせる。
怯えた店員は気づかなかったが、その顔色は芳しくない。普段はふんぞり返っているであろう巨躯が縮んでしまっているように見えなくもない。妙な違和感に馴染めず困惑しているようにも見えた。だがいかんせん、その眼光はひどく鋭いものであり、先ほどの店員に限らずともとても他社が容易に声をかけられる風貌でなかったことは彼の不幸に違いなかっただろう。
制服の青年は、長い、長い間カラフルな店内を見回していたが、やがてどこか観念したように長い息を吐いた。
そうしてすっと視線を外しながらも一点を指さして呟いた。
「これを。花束に頼みます」
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